第73話 贈る弁当
全校集会のあと、俺はいつものように二人分の弁当を持って、生徒会室へと足を運んだ。
今日は珍しく俺が一番乗り。だから、なんとなく部屋中を見回してみた。
ファイルの詰まった棚、長テーブルにパイプ椅子。うーん、実に殺風景。
ここが生徒会室であると証明しているのは、ドアの貼り紙のみ。それがなければ、ここが生徒会室だなんて誰も気付かない。
しかもそれは九月いっぱいまでで、十月からはただの『第一資料室』に戻ってしまう。改めてその事実を認識してみると、しんみりした気分になる。
やがてガラリと扉が開き、『最後の生徒会長』が姿を現した。特に落ち込んでいるわけでも、哀愁漂わせているわけでもない。いつも通りの先輩だ。
「先輩、演説お疲れ様でした!」
俺は、運動部の挨拶並みに元気よく先輩を
「えへへ……ありがと」
先輩は少し伸びてきたショートヘアの先端をいじりながらはにかんだ。
「演説、すごくよかったですよ。あれで感動しない奴は、頭に
冗談ではなく、本気だ。
あの演説を聞いてもなお先輩を嘲笑おうとする奴がいるのなら、鼻に編み棒を突っ込んで、奥に詰まっている汚ねぇ綿を掻き出してやる。
なーんてグロテスクな妄想に
「さ、弁当食べましょ。俺、めちゃくちゃ腹減りました!」
本当はドキドキして胸がいっぱいで、食欲なんてないんだけれど。
保冷バッグの中からピンク色の弁当箱を取り出すと、ちゃっちゃと蓋を開けて、先輩へと中身を披露する。
「先輩の好物ばかりですよ~」
「ありがとう!」
弁当箱を覗き込んだ先輩は、「わぁ」と歓声を上げた。
中身はミニハンバーグ、プチトマトとジャガイモのチーズ焼き、ほうれん草のおひたし、そして毎度おなじみ卵焼き。
「たしかにわたしの好きなものばっかりだね! 今日のため、特別に作ってくれたの?」
「はい。この『
結果として正解でした。あんな素晴らしい演説を聞かせてもらったあとですから、俺自身、この弁当を贈るにぴったりの心境になってます」
「……ほんとにあの演説、よかった?」
やや視線を泳がせながら、おどおどと尋ねてくる先輩。
だから俺は、先輩の不安がきれいさっぱり吹き飛ぶように、大きな声で答える。
「はい、間違いなく『有終の美』を飾れたと思いますよ!
多かれ少なかれ、生徒会に植え付けられた最悪なイメージを
春山北高校の全教師、全生徒が、今日のことをしっかりと記憶に焼き付けているはずです。
巴あきらという素晴らしい生徒会長がいたことを、きっとみんないつまでも覚えてると思います」
自分で言いながら、わかっていた。現実はここまでうまくいかないだろうと。
わだかまりを残したままの生徒もいるだろう。すぐに忘れてしまう生徒もいるだろう。そもそも生徒会に興味のない生徒も多いだろう。
けれど、今日くらい
「先輩の話が終わったあとに起こった拍手、それは絶対に義理なんかじゃない。みんなが心の底から送ったものです」
必ずしも『みんな』とは言えないけれど、多くの生徒が惰性ではなく本心から拍手を送ったと思う。
「本当に、素敵でした」
強い意志を込めて、先輩の目を見てはっきりと告げる。
先輩はしばらくぽかんとした表情をしていたけれど、やがてその澄んだ瞳がゆらりと揺らいだ。一筋の涙が、白い頬を伝って落ちる。
「ありがとう。ありがとうゴウくん……」
そう言って先輩が見せてくれた泣き笑い顔は、最高にきれいだった。
------
あと数話で完結となります。
どうぞ最後までお付き合いください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます