第68話 生徒会動乱篇 その2

一昨年おととしの十月に阿藤あとう先輩が生徒会長に就任してからは、学校行事が本当に楽しかったわ。特に文化祭なんて、阿藤先輩の働きかけのおかげで、かつてないほどの規模で盛大に行われたの。体育祭もコスプレとかして、すごく盛り上がったわ……」


 鞘野さやの先輩の話は、前生徒会長に関することから始まった。


 そういえば去年の秋、中学生だった俺はこの高校の文化祭に足を運んでいる。学校見学も兼ねて行っておけと、担任に言われたからだ。

 たしかにかなり盛り上がっていたけど……そのときはまだ、『問題』は起こっていなかったんだろうか?


 疑問符を浮かべつつも、今は黙って鞘野先輩の話を聞くことにした。


「そのおかげで、生徒会に入りたいって子も続出した。生徒会の定員も増やして……それでも役員になれなかった生徒は生徒会室をたまり場にして……とってもにぎやかだった」

「たしか、当時の生徒会は第二校舎の三階にあったんですよね」

「そうね、もともとそれなりに居心地のいい場所だったけど、みんながいろいろな物を持ち込んで、さらに居心地がよくなちゃって。あたしやあきらも、役員でもないのに入り浸ってたわ」


 懐かしそうに微笑む鞘野先輩。ともえ先輩も顔をほころばせている。


「そうだね……。わたしは、阿藤先輩とお話できるのがすごく嬉しかった」


 けれど、室内にほんわかした空気が満ちたのはほんの一瞬。鞘野先輩が、その可愛らしい顔をくしゃりと歪める。


「で、その生徒会室のカギを管理していたのが、副会長になったばかりの榎木田えのきだだった。あたしたちと同学年で、二年生の四月から特例で副会長になったの。生徒会メンバーが増えたから、副会長も二名に増やそう、ってことでね」


 ようやく出たその名前に、俺は息を呑む。巴先輩からは笑顔が消失し、鞘野先輩はあからさまにイラつき始めた。


「榎木田もね、けっこうな人気者だったわ。明るくて話が上手いけど、決してふざけてるだけの奴じゃなくて、真面目なところもあった。カギの管理を任されるのも当然だと思ったわ」

「カギを持っていたからこそ、生徒会室で飲酒や喫煙ができたんですね?」


 俺が口を挟むと、鞘野先輩はなぜか視線をさまよわせた。


「……まぁ、そうね。もちろんマスターキーが職員室にあるんでしょうけど、教師は生徒会を信頼していたし、顧問だってほとんど顔を出さなかったわ。

 そしてそれが、榎木田を増長させた」

「いや、あの野郎は自らカギを預かりたいと言い出したんだ。最初からある程度『計画』をしていたんだろう」


 安元先輩がいつもよりもずっと低い声で言う。眼鏡の奥の目は、相変わらず暗い。


「はぁ?! 最初からそのつもり・・・・・で生徒会に入ったのなら、大したクソ野郎だわ」


 鞘野先輩はこの上なく不愉快そうに吐き捨てたあと、自分の前髪をくしゃりと掴んだ。新事実を知らされ、もうなにもかも嫌になっちゃう、と言わんばかりに。


「あのね、メッシーくん」


 その呼びかけは恐ろしく改まった様子で、ますます俺の緊張を煽った。話の本番は、ここからなんだろう。


「榎木田はね、生徒会のカギを貸し出ししていたの。一時間五百円だか千円だかで」

「え……? 誰に、ですか?」

「まぁ、友達とか、知人とかにでしょうね。当時の生徒会室は大勢の生徒のたまり場になっていたけど、会議は視聴覚室でやっていたし、生徒会室がもぬけの殻になる時間はけっこうあったから」

「なるほど……?」


 仮に一時間千円だとしたら、結構いい小遣い稼ぎになったはずだ。その収入目当てで副会長になったんだとしたら、ある意味で尊敬に値する。


 でも、借りる方の気持ちは理解できない。千円って、なかなかの大金じゃないか? そこまでして生徒会室をレンタルするメリットってなんだ?


 首をひねる俺に対し、鞘野先輩はゆっくりとくちびるの端をつり上げる。花の女子高生がそんな笑い方しちゃいけませんと注意したくなるような、イヤ~な笑顔だった。


「第二校舎三階の端、教師はほとんど来ない、カギのかかる部屋で。

 どんなことが行われていたか、きみ、想像できる?」

「え? だから、飲酒・喫煙じゃないんですか?」

「それは間違いないわ。学校は、あえてその理由をおおやけにすることで、一番やばい話を隠そうとしたと言ってもいい」

「……へ?」


 なんだかヘヴィな方向に話が進んできたぞ。


「当時の生徒会室は本当に立派な部屋だった。清潔で居心地がよくてね……特に三人掛けの大きなソファは、思い入れが深い・・・・・・・わよね」

「……よせ」


 鞘野先輩の物言いはとても意味深で。話を振られた安元先輩は、吐きそうな顔をしていた。


「ちなみに、あたしがこれから話すことは、あくまで『噂』に過ぎない。事実そういうことがあったかは、当人のみが知る、ってやつよ」

「そ、そうなんですか……?」

「生徒会のカギをレンタルした奴らは、生徒会室でなにをしていたか……。ねぇメッシーくん、きみは男の子だから、もう想像がついたんじゃない?」


 えらく勿体もったいぶった言い方に、俺はいい加減イラついてきた。なにが『男の子だから』だよ?

 ムッとくちびるを歪めたあと、感情のままに叫ぶ。


「ぜんぜんわかりませんよ! はっきり言ってください!」

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