第65話 先輩が好きだと叫びたい

 花火大会の翌週の水曜日、先輩はいつも通り俺の家に来てくれた。しかも今日は、夜ではなく昼間のご来訪だ。


 白いノースリーブのシャツも、露出した肩や腕も、目を細めたくなるくらいまぶしかった。

 視線を下げれば、デニムパンツ越しにくっきりとした脚線美。スニーカーソックスの隙間からのぞくくるぶしさえも超セクシー。


 俺の心臓はいつものようにドクドクと鼓動を速めたけれど……すぐに治まってしまった。

 今日ばかりは、先輩の魅力に溺れてばかりいるわけにはいかないからだ。


***


 今日のメインは、さけのホイル焼き。

 一緒にタマネギとアスパラ、バターとレモンを包んで、夏らしくさっぱり風味でいただこう。

 水を入れたフライパンにアルミホイルを並べて、コンロのスイッチオン。あとは弱火で数十分加熱するだけ。


 つまり、キッチンタイマーが電子音を奏でるまで、俺と先輩は手持ち無沙汰ぶさたになる。

 このわずかな時間、とりとめのない話をして過ごすか、あるいはズバリと切り込んでみるか。タイマーをセットした時点では、心を決めかねていた。


 とりあえず先輩をダイニングテーブルへと誘導する。


「ねぇ聞いてよゴウくん、日曜にね、パパとママにハンバーグ作ってみたの! ゴウくんに教わった通りに作ったから、おいしくできたよ!」


 麦茶を飲みながら、先輩はテンション高めに報告をしてくれる。その子供みたいな姿に、俺の口元は自然とほころんだ。


「よかったですね。すっかり初心者は卒業じゃないですか?」

「でもね、ママったら、真っ先に半分に割って、中が赤くないかチェックしたんだよ! 肉汁が出ちゃうじゃない!」

「お母さんからは、まだまだひよっこ扱いみたいですね」

「んもう、やんなっちゃう」


 と、先輩はぷくっと頬を膨らませた。

 ああ、かわいい、かわいい。感情豊かで、表情がコロコロ変わって、スタイルがよくて、ひたむきで、優しい先輩が好きだ。


 『例のこと』を聞かなくては、と心がはやる反面、もうそんなことどうでもいいじゃないかと思う。

 こうして二人きりで過ごせるだけで十分じゃないか。九月までこの関係が続けば、それで御の字。凡人の俺には身に余る光栄。

 下手な質問をして、この関係を壊す必要なんてない。


「ゴウくん、もしかして体調悪い?」


 先輩の声に、俺は居眠りから覚めたときのようにはっと顔を上げる。しまった、あれこれと考え込み過ぎて、沈痛な面持ちになっていたかもしれない。


「いえ、大丈夫です。ちょっと夜更かしし過ぎたかもしれないですね」

「そっか……」


 先輩は俺の答えが噓っぱちだと気付いたようで、困ったように眉尻を下げた。

 このひとは、本当に俺のことよく見てくれているんだなと、ますます愛おしくなる。たった数か月の付き合いなのに。


 でも、たった数か月でも、顔を合わせるのが昼休みと水曜だけだとしても……『二人きりで飯を食う』という関係は、俺たちの仲をより深くしていったんだ……。


 その瞬間、ある思いが稲妻のように脳を駆け巡った。


 俺は、先輩という存在がいなくなったあとの人生を、どう生きていけばいいんだろう。なにに喜びを見出せばいいんだろう。


 強く胸が締め付けられると共に、抑えがたい衝動がこみ上げ、ただちに『先輩、好きです!』と叫びそうになった。

 土下座だってやぶさかでない。一生のお願いですと拝み倒してでも、先輩を手に入れたい……!


「ゴウくん……?」


 怪訝そうに俺を見つめる先輩。深呼吸して、なんとか自分を落ち着かせる。

 土下座して告白だなんて、カッコ悪いところ見せられないよな。


 それに、そんな良心に訴えるような告白をしたら、先輩は当分の間、罪悪感にさいなまれるだろう。

 先輩のお母さんとも約束しただろう。『決して迷惑はかけない』と。

 だったらこのままなにも知らないふりをして、九月に玉砕して終わり、でいいんじゃないかな。

 残りわずかな時間を、目一杯楽しめばいい。


「本当に大丈夫?」


 腰を浮かしかけた先輩に、俺はぎこちない笑みを向ける。


「ねぇ先輩。

 生徒会が、九月で廃会になるって本当ですか? 先輩は、『最後の生徒会長』なんですか?」

「……!」


 先輩は大きく目を見開いたまま、石像のように固まった。


 俺は心の中で絶叫する。

 なにも知らないふりなんて、できるかよ!!


 どうして先輩は俺になにも話してくれないんだ?

 生徒会廃会の件は、どうせ教師か誰かから聞いて知っているだろうから、別段話す必要もないと思ったのか?


 その可能性もあるけれど、今までの会話を思い起こすと、到底そうは思えなかった。先輩は生徒会のことになると妙に歯切れが悪かったし、そこに違和感を覚え続けていた。


 先輩から事情を聞きたい。

 そして、俺にできることがあるなら、今度こそ手伝いたい!


 先輩は、小さく口を開けたり閉じたりして、なにかを言い淀んでいるようだった。目は伏せられ、視線はテーブルの上に落ちている。

 

「……ゴウくん、やっぱり知らなかったんだね」


 そのとき、キッチンタイマーがけたたましく電子音を鳴り響かせた。

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