第60話 打ち上げ花火、先輩と見るか、友人と見るか その1

 毎年七月の最終土曜日は、俺の住む春山市にて納涼花火大会が開催される。


 場所は、俺の家から徒歩十数分程度の春山市民公園。かなり大きな公園で、日本の都市公園百選に選ばれているとかなんとか。

 春は桜が見ごろだし、夏はバーベキュー、秋は紅葉、冬は散歩やジョギングと、春夏秋冬、常に大勢の人で賑わっている。


 もちろん花火大会も大盛況で、あちこちからたくさんの物見客が訪れる。駅から出ているシャトルバスは激混みで、周辺道路も大混雑するけれど、徒歩圏内在住の俺にはな~んの関係もない。


 そして今年の花火大会は……。



***



 俺は奇跡的に、先輩を誘うことに成功した。『友達と行く』とか言って断られると思ったんだけれど、まさか二つ返事でOKしてくれるなんて。


 道が混む前に我が家へ来てもらって、打ち上げ開始時刻の十分前に連れ立って公園まで歩いていく。


 先輩は白地に朝顔の柄の入った浴衣を着ていて、慣れない下駄のせいもあってか、歩みはとてもゆっくりだ。

 でもぜんぜん苦にならない。オシャレした女子の歩幅に合わせて歩くのがこんなにも幸せだなんて、思ってもみなかった。


 住宅街の道路は、同じ目的地へ向かう人々でごった返していて、先輩と俺は必然的にぴったりとくっつく。

 ほんの少し勇気を出せば、手を握れそうな距離感。緊張した俺は言葉を失う。

 からんころんと下駄の鳴る音だけが二人の間に流れていて、それになんとも言えない風情を感じた。


 ちらりと先輩を窺えば、こめかみのあたりに汗の球が浮かんでいた。すると先輩は巾着から花柄のハンカチを取り出し、そっと汗を押さえる。

 その仕草がとてもおしとやかで、俺はごくりとつばを飲み込む……。


「あの、足、痛くないですか?」

「うん、大丈夫」

「いざとなったらおんぶしますよ~」

「あはっ、もう、ゴウくんったら。……いざとなったら、お願いしようかな」


 俺の冗談に、先輩は至極真剣な目をして答えてくれた。

 ああ、今ようやく気付いたけれど、今日の先輩、化粧をしている。目の周囲にピンク色のアイシャドウ、まつ毛もバサバサしているから、マスカラってやつを塗っているんだ。くちびるもうるうるツヤツヤですごくセクシー。

 浴衣姿と相まって、いつもよりずっと大人びて見える反面、かわいさもマシマシだ。このまま見つめ合っていたい……。


 と、そのとき、一発目の花火が上がった。

 破裂音の直後、まだ少し明るい夜空に大輪の花が咲く。花火師がフライングしたのではなく、俺たちの歩みが遅すぎたんだ。


「始まっちゃったね。急ごうか」


 先輩が苦笑し、歩を速めたから、俺は慌てて引き留める。


「ゆっくり行きましょう。先輩と二人で花火が見えるんだったら、べつに公園じゃなくてもいいんです」


 そう、人でごった返す公園じゃなくても、そこらのコンビニの駐車場で十分なんだ……。



***



 な~んて……


 全部俺の妄想ですが、なにか?


「おーい豪、ぼさっとしてんなよー」


 花火大会の人混みにつっかえる俺に呆れ声をかけてくるのは、中学時代からの友人たち。もちろん全員男ですが、なにか?


 先輩を誘う隙なんて一ミリもなかった。

 というか終業式の前日、生徒会室に現れた鞘野さやの先輩から、『あきらはあたしと花火大会に行くから、誘っても無駄よ、メッシーくん』としたり顔で言われたのだった。


 べべべ、べつに最初っから誘うつもりなんてなかったですけどね!


 かろうじて俺が先輩に言えたのは、『写真見せてくださいね』だけだった。もちろん先輩は快諾してくれた。それだけで十分だよチクショウ。


 いろいろな感情のこもったため息を吐いたとき、花火の一発目が打ち上がった。待ちわびていた見学客の間から、めいめいの歓声があがる。


 次いで、悲鳴に似た声も。


 花火の打ち上げ場所は、公園内にある池のど真ん中。

 その池を取り囲むようにして観覧スペースがあるから、すごく近くで見ることができるんだけれど、花火が上がった直後にパラパラと残骸のようなものが落ちてくる。

 それを浴びた客たちが戸惑ったような声を発するのも含めて、春山市の花火大会なのだ。


 出店に向かって歩いていた俺と友人たちも残骸を浴びて「ウワー」みたいな声をあげ、ケラケラと笑う。

 うん、こういうバカ騒ぎも久しぶりで、悪くない。


 ちなみに俺たちは観覧場所を確保していないから、花火を横目で見つつ露店で買い食いをして、あてもなくブラブラして、徐々に人混みから離れてからフィニッシュを眺めようという計画だ。


 とりあえず俺は露店でフランクフルトを購入した。他の友人は、隣のたこ焼き屋や、少し離れたところにあるたい焼き屋で買い物をしている。

 こういう場所の食い物は非衛生的だとはわかっているが、あえてそれを口に出すような野暮はしない。


 友人たちとはぐれないよう、奴らの動向に気を配りつつ、俺は人混みの中に先輩の姿を探していた。

 この人混みの中で出会うことができたなら、それは運命といっても差し支えないんじゃないだろうか……。

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