第10話 ねんがんの れんらくさきをてにいれたぞ!
週明けの昼休み。
俺は未だに少し緊張しながら、生徒会室の扉を叩いた。「どうぞ」という優しい声に
俺の顔を見るなり、先輩はやけに得意げな笑みを浮かべてみせた。かわいいけれど、なんだろう?
ちょっとだけ遠慮しつつ、すっかり定位置となった席に腰掛けると、先輩がずいっと身を寄せてきた。
驚いて固まる俺の眼前に突き付けられたのは、淡いピンク色のカバーに包まれたスマホ。
「見て、ゴウくん。作ってみたよ!」
画面に映し出されていたのは、花柄の皿に乗せられた食パン。
パンの表面を覆うのは、スクランブルエッグ状の卵、こんがり焦げたベーコン、とろっととろけたチーズの群れ、ケチャップの赤、散らされた黒胡椒。
まさしく、先週俺が伝授した通りの卵トーストだった。
さっそく作ってくれたうえに、それを写真に撮ってまで報告してくれるなんて……俺感激。
さらに先輩は、「ほらほら」と言いながら、指で何度も画面をスライドさせる。そのたび、異なる角度から撮影された卵トーストが俺の目に映った。めっちゃ撮ってる……。
「上手にできてますね。すっごいウマそう」
「うん、おいしかった。教えてくれてありがとね!」
と、先輩は歯を見せて「えへへ」と笑う。つられて俺も笑いながら、内心で後悔していた。
実は俺も同じようなものを作ったのだけど、それをわざわざ写真に収めようなどという発想はまったくなかった。むしろ、自分で作ったものを撮るなんて、一切したことがない。
ああ~、そういうことをしておけば、先輩とスマホの見せ合いっこできたのに……。
そうすれば、自然な流れで『ゴウくん、連絡先交換しない?』なんて展開になったかもしれないのに!
……いや、さすがにそんなのありえないか。
先輩が俺の連絡先を得るメリットがないし、俺も先輩の連絡先を知ったところで、なにかできるわけでもない。
と、意気消沈していたら……。
「ねぇゴウくん、連絡先教えてもらっていい?」
「へぁっ?!」
まさか、心の声を読まれたというのか? はたまた、俺があまりにも『先輩の連絡先、知りた~い』みたいな表情をしていたというのか?
激しい動揺に見舞われ、口をぱくぱくさせていたら、先輩は申し訳なさそうに首をかしげた。
「もしかして、スマホ持ってない?」
「あひっ、いえ、も、持ってますぅ!」
俺は慌ててズボンのポケットからスマホを取り出した。けれど画面は真っ黒で、うんともすんとも反応しない。うええ、なんで?!
って、電源が入ってないから当たり前だ。慌てて側面の電源ボタンを押す。
スマホよ、一刻も早く起動しろ! 先輩の気が変わったらどうするんだぁぁあ!!
手のひらの中の小さな電子機器をにらみつける俺の耳に、先輩の小さなため息が届いた。
「連絡先、もっと早く聞いておけばよかったよ~。卵をレンジにかけるとき、牛乳をどれくらい入れたらいいかわかんなかったもん。結局、入れずに作ったんだよ」
「ああ、そういうことですか」
先輩が俺の連絡先を知りたがる理由は、ものすごく合点のいくものだった。俺の頭は瞬時に冷静さを取り戻したけれど、やっぱり嬉しいや。
「牛乳は『少々』でいいですよ」
と、浮かれながら軽い調子で答えると、先輩の可憐な顔がみるみるうちに膨れっ面になっていく。
「んもう、『少々』とか言われても、わかんないよ~! こういうあいまいな表現が、料理初心者を絶望の底に叩き落すんだから」
責め立てるような先輩の物言いに、俺はたじろぐ。でも、少々は少々だ。適量、ともいう。
「まぁ、牛乳入れなくても、味に大差ないですから……」
ほんのちょっと食感が変わるかな、くらいの差だ。入れすぎてしまうくらいなら、入れないほうが断然マシだし。
でも、この回答は先輩にとっては大いに不服だったらしい。むっつりとしたまま俺を見据え、満足のいく回答をよこせと無言の圧力を放っている。
俺はややパニックになり、ふと脳裏に浮かんだことをすぐさま口に出してしまった。
「じゃあ、俺が作ってるところを動画に撮って送る、というのはどうでしょう」
てっきり、『そこまでしなくていいよ』と言われるかと思いきや、先輩は表情を
「ナイスアイディア!」
「……マジっすか」
自分で提案しておいてなんだけど、料理過程を撮るってちょっと照れるな。
まぁ、先輩がそれを望んでいるのなら、断る理由なんてない。すでに先輩は、俺の手本を見ながら卵トースト(完全体)を作る気
そして俺は、めでたく先輩の連絡先──つまり、メッセージアプリのIDをゲットしたのだった。
……うおお、先輩のアイコン、自撮りだ……! あとでじっくり見よっと。
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