第15話

 八崎がいるのは庶務室とは言っているが、本事務所棟の中にある総務室の一部をパーテーションで仕切った、最大8名が座れる一角の事を便宜上、庶務室と読んでいるだけである。正式な見取り図上では総務室に内包されてしまっており、庶務室なる物は本来存在しない。

 協力会社などを含め、5000人規模の事業所の中で、細かく庶務室と言う呼称を必要としているのは、総務に関連する仕事に勤める、50人に満たない従業員だけだ。その50人でさえ全員が全員、必要としてるかは怪しい。

 時計はその総務室の入り口の対面、要するに部屋の1番奥の東側壁面、窓と窓に挟まれた、柱のような幅の壁に架けられてあった。

 時計に目をやった時、八崎は二本目の電話を切り終わった所だった。庶務の様々な仕事の中で電話の対応は、かなりウェイトの重い部類に入っている方だと八崎は思う。そのため八崎は拘りを持って電話の対応に臨んでいる。

 

 八崎のデスクの電話は少し古く、コードレスではあるが、受話器は本体に置いた時に、本体側のフックが押し込まれる事で通話が終わるタイプの物を、わざと選んで置いてある。しかも本体のフックは、受話器の耳を当てる側にある物でなければならない。たまに送話器側、口の方にフックが付いている電話があるが、それでは駄目なのだ。

 八崎は相手が電話を切るのを待って、フックに添えていた手をゆっくりと押す事で、通話を終わらせたいのである。送話器側に付いているフックは押し込みにくく、また受話器その物に「切」ボタンが付いているものは、通話が終わった後、いちいち受話器を見てボタンを押して、キチンと切れた事を確認する為に、再び受話器を耳に押し当てたくなる衝動に駆られ、な行動をしなくてはいけないので好かない。

 それにボタンの「切」はなんだか味気なく思う。プツンと全てが終わってしまうような、大袈裟だが、通話中だった過去と、通話を切った今は繋がっていないような気がしてしまうのだ。

 八崎はフックをゆっくり押し込む時、自分の対応に失礼はなかったか、などを考え、言わば相手の姿が見えなくなるまで見送るようにしてから切るようにしている。例え相手の態度が失礼で、思わず罵りたくなるような態度だったとしても、八崎は丁寧に切る事によって自分の心の安寧を保った。

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