第105話 錬金狂時代 その1


「――と、言うわけで僕に守護聖霊が憑くようになりました」


 朝食後、僕はレモングラスティーを飲みつつ、昨晩の一連のアカツキとのメイク・ラブ部分は除外して申告した。


「お、おう。つうか、というわけでって、わけわからんし」

「コウタロウさん、そう言われましてもね? 僕にも色々と事情がね?」

「ま、まあ、黒の聖女様におかれては、生活に支障が起こるわけではなかろう?」


「変わりないと思いますよ、王子殿下。どうせ私生活を覗き放題なのはカスミによって今更ですので。殿下も侍女に自分の生活面を見られても平気でしょう?」


「にゃあ。一人も二人もそう変わらないの。むしろ見せつけちゃうの」

「う、うむ……」


 若干引き気味に僕を見やるルキウス王子。あれぇ? その反応、どうして? なんだか僕としてはショックというか。お願いだから、普通に、見て欲しい。


「皆様、よしなに。もはやモルオルト侯爵令嬢は過去のもの、ただ一人の、イゾルデでございます。いと高き教皇聖下より、守護聖霊の任を賜りましてございます」


「タカムラ・コウタロウだ。神聖セイコー帝国で勇者をしている」

「わたしはオリエントスターク王国王太子、ルキウス・カサヴェテス・オリエントスタークである。今後ともよしなに頼む、黒の聖女様の守護聖霊、イゾルデ殿」


 中庭に作られた臨時のカフェテーブルには僕とアカツキとルキウス王子、コウタロウ氏の四人が各自席に座っている。

 ホメーロス老将軍は何かの用向きで不在で、代わりと言ってはなんだが、僕の背後にはふわふわと幽体を浮かべる守護聖霊のイゾルデがいる。


「本日の予定ですが、王子殿下は用事を済ませた後で構いませんので午前中の一刻ばかり僕とお付き合いください。少々都市部から離れますので、武装した上で信頼できる部下を護衛をお忘れなく。アヴローラだけでは小回りが利きにくいので」


「おっ、デートか?」

「な、なんでそうなるんですかコウタロウさん……」


「あはは。顔が赤いぞ? 俺は今日もゲーム三昧してるぜ。一刻というと二時間だし、昼飯時分には戻ってくるんだろ?」

「ええ、所用を済ませて昼食を摂って、それで王都へ移動です。空路を使うので早いですよ。魔改造五十二式零式戦闘機団に護衛された富嶽で飛びますし」


「お、おう。……うん? 富岳? あの六発重爆って大戦中に完成していたっけ?」

「その辺が桐生マジックというか。本来、ないはずのものが存在したりします」

「マジかよ……」


「それで、わたしは黒の聖女様とでえとで良いのだろうか?」

「お、王子殿下まで」

「ふふふ、すまぬ。妙に焦った顔の、黒の聖女様がなんとも可愛いというか」


 もう、と思う。

 しかしここ数日間、戦争のためとはいえ特に交流を深めた仲である。


 彼は真面目で、誠実で、もちろんやるときはきっちりとやり切る性格で、それでいて僕のトンデモ奇跡には素直にドン引きしたりと、色々な姿を見せてくれた。


 まるで少女漫画から飛び出てきたような、見惚れるほど線の細い王子様。

 数えで十五歳。実年齢十四歳。三つ年下の男の子。そう、男の子。


 なのに、たまに彼を見ていて、胸がドキドキすることがある。


「え、ええと……」


 僕は一度言葉を切った。そっと唾を飲む。


「都市イプシロンの北方約三十ミーリア (大体四十八キロ)の地点に、手つかずのままの辰砂鉱山があるんです」


 木星大王に乗って緑化計画を進めるに平行して、周辺鉱山なども網羅していた。


「ふむ。賢者の石の偽原料とも言われる、丹色の染料だな」


 おや、と思う。元世界ではこの辰砂を賢者の石の原料と嘯く人たちがいた。

 辰砂は水銀と硫黄の化合物である。

 焚き火程度の熱で二つの有毒の水銀蒸気と亜硫酸ガスを発生させる。以前少し触れたように水銀を使えばアマルガム法で簡単にメッキ加工ができるのだが……。


「王子殿下は、水銀メッキ加工をご存じですか?」

「ドワーフの技術にそういう方法があるとだけ。ただ、辰砂は賢者の石ではない」


「水銀は毒性が強く、人体に酷い悪影響を及ぼします。最悪死にます。しかも大気汚染や土壌汚染まで起こすので水銀メッキ加工は僕としてはお勧めしません」


「あー、アレか。水銀とくれば錬金術か。俺らの世界では詐欺師が錬金術を騙って鉛から金を作るとかブッコキやがったとか。金は化合物じゃねえんだよ」


「コウタロウさんの注釈の通りです。錬金術は化学の発展に大きく寄与しましたが、同時にその所業にて悪名深くもしました。賢者の石を使った鉛から金の錬成、万能薬エリクサーの作成、人工生命体ホムンクルス辺りが特に、ね。こちらの世界では辰砂は偽賢者の石と知られ、その上でエリクサーも実存しているようですが」


「黒の聖女様も御存じのように、現在の主流は類似効果のある竜の血を使った疑似エリクシルと呼称するものだ。賢者の石を使う本来的なエリクシルは名誉神殿長のおばばさまくらいしか持っていないはず。しかもこの間、使ってしまったらしい」


「そうなのですね、殿下」

「それでその、わたしは黒の聖女様と共に辰砂鉱山へ行けばいいのか?」


「埋蔵量は約九千トン、あなた方の単位に直せば概算で二十一憶ドラクマです。辰砂そのものとしてはそこそこの量を埋蔵してはいるのですが、問題は、三十ミーリアは都市からはいささか近過ぎることがあげられます。鉱山自体は手つかずのままで、しかも地下水の流れも都市へは向いていないためこれまでは問題を小さく抑えられていたとは思います。ですが緑化事業を進めている以上、王子殿下主導で念を入れて将来の悪影響の払拭を図りたいと。支配者としての責務を果たしましょう」


「緑化と言えば、報告では都市の周りが既に樹海化しているとか……」

「少し張り切り過ぎました。既存の街道を参考に、石畳の街道を敷設しましたので後で詳細地図をお渡します。危ないのでしばらく森には入らないようご注意を」


「う、うむ」

「レオナちゃんはやることがデケェよな……そら俺では勝てんわ」


「しかし、あいわかった。こちらの用向きを先に済ませて、共に向かおう」

「はい、行きましょう」


「行こう」

「行くにゃあ」

「そう言うことになった、ってか。まあ俺はここでゲームして待ってるけど」


 時刻は午前九時半ちょうど。

 僕たちは都市イプシロンから北方約五十キロ地点にある辰砂鉱山に降り立っていた。移動手段は突貫で増設した地下リニアを使っている。


「ここが、そうなのか?」

「はい」

「にゃあ、ここはさすがに森林化してないの」


 一見すればただの低木林の鉱山だが、かつては完全な禿山であったらしい。


「トレントらしき影がちらほら見えているのだが……」

「大丈夫です。彼らは自らの分身たる森に害を与えない限り、敵対してきません」


 木だけに気のいいトレントたちが、何か手伝うことないかと僕たちの周りで興味深そうに集まってきているのだった。今からこの地の毒素となる辰砂を取り除くと教えると素直に喜んでいた。純心というか、なんだか心が洗われるようだった。


 ルキウス王子と、彼が連れてきた十数名の腹心の部下たちは顔を引きつらせていたが。なお、ホメーロス老将軍は朝の用向きを済ませる際に不覚にもギックリ腰になったらしい。帰ったら治してあげようと思う。


「コウタロウさんの前ではあえて言いませんでしたが、この辰砂鉱山はもちろん元イプシロン王国でも把握されていて、それでいて手をつけていないのでした」


「というと?」

「まず挙げられるのは鉱物が低純度だから。埋蔵量と労力に採算性が見込めない」


「まず、と言うには次が?」

「偽賢者の石という汚名と水銀精製の手間。何より、燃料は鉄精錬に使いたかった」


「……得心した。で、わたしを連れてきた真の理由は?」

「錬金術のためです。コウタロウさんに見せるわけには、ね。離宮で僕が出した提案は彼に対するカムフラージュでもあります。嘘ではないが、本当も言わない」


「ふむ。だが金は化合物ではないと、離宮で聞きもしたがどうなのか」

「おっしゃる通りです。金は元素番号では七十九の物質ですね。ちなみに水銀は元素番号で八十となります」


 にこっと微笑む。特に意味はないが、悪だくみを誤魔化すための笑みである。


「……なんだろう、おぼろげではあるが、聖女様が何をしたいのか見えた気が」

「うふふ。試しに言ってみてください」


「水銀の元素番号八十だったか、それを金の元素番号七十九にする」

「素晴らしいですね。その通りです」


「まさかそんなことが……」

「話題に沿って、この世界では最小の物質単位を何だと定めていますか?」


「とある哲学者が論じた内容では、最小の物質はアトムとしている」

「アトム、つまり原子。僕がこれから行なうのは、ある意味では真の錬金です」


 僕はパチンと指を鳴らした。するとどうだろう、じわっと地面の隙間から水が染み出てくるように辰砂が湧き出て、五十メートルほど上方で塊を形成していく。


「ときに、殿下は戦の神アーレスの化身に気に入られました。なのでひとつ大事なことを伺いたいのです。よろしいですか?」

「もちろん、聞こう」


「戦争による文明を、八百年ほど進める気持ちと、その覚悟はありますか?」

「……」


「いかがですか?」

「いや、いや。な、なんだ、それは。驚嘆すべき軍事の飛躍ではないか?」


「この錬金では、火薬という恐ろしく兵器転用の利く化合物の原料が大量に手に入ります。それは、何か。答えは硫黄。辰砂は水銀と硫黄が化合したものですら」


 産地にもよるので一例として、とある鉱山での辰砂十一・五キロからは水銀が五百グラム精製できるのだった。

 先ほどの僕の発言の通り、辰砂は水銀と硫黄の化合物。つまり残りの十一キロは硫黄。そしてこの鉱山では約九千トンの辰砂が取れる。

 純度がいまいちなので先の基準に合わせると大体七千トンクラスと同等になろう。これをすべて精錬すれば三百トンほどの水銀を得られる計算となる。実際はもう少しトン数が増えると思われるがそれは横に置いておく。


 これを錬金にて、すべて金に変換するのが本日最大のお仕事となる。


「……すまぬ、如何に戦の神に認められようと、わたしにはその覚悟はできぬ」

「わかりました。では、硫黄はそのまま鉱山に戻しましょう。良質の硫黄が取れるとだけ記憶されると良いでしょう。いずれ文明が進んだ際に必要になりますし」


 不壊祝福と物質安定化の祝福をつけたセラミック製の巨大倉庫に精錬済みの硫黄を埋蔵させ、保存させよう。


「黒の聖女様におかれては、せっかくの期待に応えられなくてすまなく思う」

「いえ、これは僕も意地悪でした。断ってくれてホッとする自分もいますので」


「……そうなのか?」

「ええ、戦争の、戦争による、戦争のための世界からやってきたのが僕ですから」


「いささかも感情の揺らぎなく毒を吐く、黒の聖女様の過去に何があったのやら」

「うふふ。その辺りは知らない方が幸せですよ、きっと」

「……」


「さて、と。権能で辰砂を水銀と硫黄に分けてしまいましょうか。実際には熱を加えて蒸気化させ、水銀蒸気と二酸化硫黄となったところを今度は冷却するのです。そうすると水銀蒸気はくだんの液体金属へと凝縮されていきます。なお、二酸化硫黄は本来なら何層もの化学フィルターに通して可能な限り無害化させてから空気中に放逐します。……先ほども触れましたが、辰砂から水銀を取り出すのは一見簡単そうに見えて、実は管理が非常に難しいのです。なので、現状ではとてもお勧めできません。確実に土壌汚染と大気汚染と人体への悪影響を及ぼしますので。……さて、分離した水銀と硫黄とその他の不純物ですが、硫黄は不壊属性セラミックの倉庫を作製しそこにすべて収めて元の場所に埋設、不純物は普通に土中深くに投棄、最後に水銀は、お待たせしました、あるだけ錬金してしまいましょう」

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