第101話 愛情の形 その1
指揮系統の上位者となる王族と貴族たちはすべて処刑した。が、まだ兵力自体は残存している。彼らは武器を捨てて降伏してはいれど、油断は禁物だった。
即応戦闘の緊張感を以って、殺気を放ちつつ行軍するオリエントスターク軍。
都市全体はひっそりとしていた。街路筋では店の一件も開いていない。当然路上販売もない。聞こえるのはわが方の軍の行軍音だけ。空気が死んでいる。
ひんやりとした風が吹くのは断熱膨張の名残か。
平民区から王城区に移る。立ったまま、彫像のように固まって冷凍絶命した人々が目に入る。その顔は皆が皆、驚愕と絶望に表情を歪ませていた。
露払いをする先行兵たちは往路のど真ん中で凍り固まる貴族らしき王都民を荒っぽく蹴飛ばして隅っこに追いやっている。
描写を省略したが、念のため処刑後には不壊の祝福を入れたので、どれだけ乱暴に放りつけても冷凍された薔薇の花びらみたいに身体が砕けたりなどしない。
繰り返すが、周辺を含めて耳に聞こえるのは石畳の街路を行くわが方の兵らの整然とした足音と、ゴーレム兵団たちの重い足音、ヨシダ戦車キャタピラのキュラキュラという音、僕たちの乗る馬車の音のみだった。
平民区では建物の裏で怯えて縮こまる市民の気配があった。しかし王城区からはそのような気配すら消え去ってしまっていた。立ち止まれば完璧な静寂が得られる。そんな錯覚すら覚えるほど何も聞こえてこない。
圧倒的な、死が立ち込めている。
だが、それだけだ。
戦争である。戦争が悲惨なものなのは当然だ。
僕は体感と思考を分離する。人の死には慣れている。
「石畳とか、そんなものより古代のセメントを使えば良いのに」
「これも大層な金がかかってるぜ? 全面に敷き詰めるとか大したもんだと思う」
馬車に同席するコウタロウ氏が少し呆れたようにコメントを垂れた。
彼もまた人の死に慣れている。神聖セイコー帝国の最強人。
役職勇者たるタカムラ・コウタロウ。遥か遠いオリエントスタークの地まで彼の名声が伝わっているということは、それだけ華々しい戦果を挙げた結果でもあるということ。それはつまり、大量殺戮を行なったということ。
「オリエントスターク王国だと主だった街路は古代のセメント製ですよ。新市街もほぼ全面に使いました。山が多ければ火山灰も簡単に手に入ると思うのですが」
「材料が手に入っても知識と技術が伴わないと。しかもアレは大量に水を使うし」
「ああ……それもそうでしたね……」
「自らの知識や能力を基準にしてしまうと、たまに認識にズレが起こるんだぜ」
「難しいですねぇ」
王都の石畳がヨシダ戦車の重量に耐えられるわけがないので、入場前に祝福と土属性無限権能を使って街路の強化したのだった。
現状、王都の街路は数百トンクラスの重量物が複数往路しても耐えるようになっている。マウス戦車でも大丈夫。たぶん、世界有数の耐久性だと思う。
街並みはオリエントスターク王国のようなギリシア風の白色中心の意匠ではなく、イスラーム建築様式風の青を中心とした瀟洒な造りとなっていた。
これでタマネギドームがないのは本気で残念と言わざるを得ない。それでも幾何学模様の練熟した意匠性が目に楽しい。非常に高度な技巧性を感じる。
武神立国と称するその王都だけあって無骨なドワーフ鍛冶屋の家みたいなものを想像していたが、そんなことはなかった。
「水が慢性的に不足しているから下水機構はこの王都にはないんだぜ。ただ、元世界の中世欧州みたいな排泄物の窓から投げ捨てはなく、公共トイレを始めとする専用の処理施設を各区画にいくつも用意して、そこで念入りに発酵→堆肥化させる技術が一応確立されている。まあ戦前の日本程度なので都民の腹の中はお察しだが……」
「さなだせんせい!」
「おうよ。その通りだぜ、将来が楽しみなエルフ幼女のアカツキよ。まさしく、うごうごるーが。なので、虫下し薬を飲むか、腹の中で飼うか、それが問題になる」
「きせいちゅーだいえっと!」
「そうなんだよ。ただそれ以前に、不足しがちな食糧事情で国民の大半がスレンダー体型だぜ。デブ大国のアメリカ人をここに移住させたら皆スマートになる」
「アカツキって、不思議なくらいサブカルチャー知識が豊富なのよねぇ……」
そうこうしているうちに軍団は王宮にまで辿りついた。
ここまでつつがなくやってこれたのは、決して油断しなかったためだと断言する。まずいないと思われるが、カスミの率いる斥候ゴーレムたちが不穏な動きをする者たちへの監視をしてくれていたのだった。
王宮から先は兵たちが先行して入場し、謁見の間までの道筋とその安全を確保する。馬上のルキウス王子や僕の乗る僕たちはその場で準備が整うまで待機する。
やがて迎えられる程度には体裁を整えたとの報告が入り、馬や馬車から降りて僕たちも宮殿内部へと入場する。……なぜか、ゴーレムから降りた分体型アカツキたちもぞろぞろとついてくる不思議。が、それはすぐに解明された。
最奥の玉座に腰を下ろしたルキウス王子のために、各自どこに持ち寄っていたのかトランペットを取り出して盛大なファンファーレを鳴らし始めたのだった。ぱぱらぱー、ぱぱらぱー、ぱぱらぱぱー、なのである。
「ふらんす外人部隊は皆トランペットが上手いの!」
「ファマスか。てか、同じ顔の幼女だらけって、一体何人姉妹なんだよ?」
「アカツキの分体たちは可愛い外国人傭兵部隊だったのねぇ。うふふ」
隠語で、彼ら外人部隊たちに支給される自動小銃をトランペットと称するなどと、どこかで聞いたような覚えがある。
アカツキはそれをもじって王子を祝福してくれたらしい。
「――遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! われこそはルキウス・カサヴェテス・オリエントスターク! 第一王子にして、王太子である! 今ここに、われと黒の聖女たるキリウ・レオナ様、愛し子アカツキ、わが精強なる軍団兵、そしてゴーレム兵団『アヴローラ』によって、イプシロン王国王都、イプシロンを征服したと宣言する! 兵たちよ、よくやった! 大儀である!」
どことなく鎌倉時代の武士の名乗りみたいな宣言を経て兵たちも改めてワッと歓声を上げる。その騒ぎのさ中に、僕はイプシロン王国全土に
対象は、イプシロン王国、元全民草。
奴隷から地方都市の貴族に至るまで、野別構わず、一切の差別も区別もせず、平等にその精神を縛る。決してオリエントスターク王国に逆らうな、と。
「こんなものかな。後は各地の元貴族が、殿下に恭順の意を示すのを待つだけ」
オリエントスターク王国による正式なイプシロン王国王都征服祝賀会は、魔王パテク・フィリップ三世と三十万の軍勢問題が解決して後に行なわれるとのこと。
へーそうなんだ、と思う。微塵も興味がない。
ただ、オリエントスターク王国の人々は妙に腹が据わっているというか、度胸があり過ぎるのではないかと変な心配をしてしまう。
というのもこの王国は王祖時代からの聖女伝説に頼り過ぎる嫌いがある。歴代からの聖女を妄信し、魔王とその軍勢には絶対に勝てると考えている。
それはもはや狂気。
後顧の憂いを取り払った四代目聖女キリウ・レオナは、必ずや魔王パテク・フィリップ三世とその軍勢を打ち破る、と。
信頼が重い。想いが重い。面倒くさい。
さっさと用事を済ませて、元世界に帰りたい。
自分にしてみれば、契約をしたがゆえの、ただのお仕事に過ぎない。
はあ、とこっそり胸の内側でため息をつく。
現状で関心を引くものといえば、大金星を挙げた当のルキウス王子の征服後仕事始めや如何に、だろうか。
もちろんやることは決まっている。彼が有能たらんとするならば。
答えは、軍団兵に対する褒美授与。
信賞必罰を与えるのは上に立つ者の大切な義務である。すなわち三日間の乱取り許可。お勧めポイントは貴族区であるのは言うまでもない。
歓声を上げて兵たちは駆けていく。いやっほう。お前の物は俺の物、俺の物は俺の物のジャイアニズムである。
謁見の間に残るのはルキウス王子の腹心の部下と文官たち、そして僕とアカツキとコウタロウ氏と――僕に褒めてもらいたくてうずうずしているのを隠そうともしない、アカツキの分体たちだった。それでアカツキの機嫌の悪いこと。
僕はルキウス王子に離宮に向かうと声をかけて謁見の間から退出した。
ついてくるのはアカツキと、コウタロウ氏。若干遠慮がちに、分体たちもその後に続く。ぞろぞろと、行く。
僕は土属性無限権能を使って宮殿全体を網羅する。
無駄に、広い。脳裏に地図を書き込む。
三十分は歩いただろう、無暗に長い廊下をいくつも抜けて、離宮にたどり着く。
わが家の如く、僕たちは中に入る。そしてまた長い廊下。
さらに五分ほど歩いて、この離宮の主の部屋にやっとたどり着いた。
「アカツキ、分体たちすべての意識を一つの形に集めることはできますか」
「にゃあ。……レオナお姉さまはにゃあだけのお姉さまなの」
「分体もまた、あなたですよ? 大丈夫。僕を信じて」
「ふみゅう……あぽーつ、なの。これですべてのにゃあの分体がここに集まるの」
僕はしゃがみ、彼の目線に合わせて抱き寄せて耳元に囁く。
「本体と分体。特別なのはアカツキ、あなた一人だけ」
「にゃあ……」
誓ってもいい。この囁きに嘘はないと。
ぽんぽんと優しく彼の背を叩く。そして離れる。
僕はゴーレム兵団『アヴローラ』の君臨者である。
ただし、アカツキには兵団総指揮者として陸将の任に着かせているため、命令はすべて彼を通して行なうのが通例となる。
肉体で例えるなら、頭脳がアカツキ、胴体とその四肢が彼らとなろうか。
つまり、彼らもまたアカツキなのだった。愛しい僕のお人形。機械仕掛けの神。わが輝ける偏四角多面体。
われに正気を求めるな。
われは狂気の淵でたたずむ黒い薔薇。
冷笑にして哄笑する者。
混沌を侍る者。
……良き行ないには褒美という形で報いてやらねばならない。
そこに公私は挟まれない。支配者に聖域などない。
幼いアカツキは、その辺りを理解はできてもまだ納得ができていない。
いじましくてならない。
そのまま彼をおもむろに抱き上げ、ベッドに連れて行きたいほど。
もちろんその後はえちえちである。彼の
そうしてアヴローラである。
しゅるしゅると黒点が浮かび上がり――、
光を吸い込みながらも分体たちの意識が一つの形となる。
見た目は他と同じく白の女児レオタードドレス風スーツを着た、幼女分体の一人にしか見えない。だが先ほどまでいそいそチラチラと僕を盗み見ていた彼ら分体は、すべて力の抜けた視線で宙を彷徨わせるばかりとなっている。
僕は彼に呼びかける。
彼は透き通るような笑みを浮かべ、こちらに向けてトテトテと歩いてくる。この子も両性具有体だ。股間部が微かに膨らんでいるのがわかる。
僕はゆっくりと両手を広げる。アヴローラはそのエルフの幼女風の身体を、慎ましく寄せてくる。ああっ、と言わんばかりに『本体』のアカツキがうろたえる。
僕は構わずに、優しく、両手で『分体』の彼を包み込む。
いつもありがとうね、アヴローラ。彼は答える。うん、と。
ただ、それだけ。本当に僅かな間の抱擁。頬にキス。
奥ゆかしい、月下の華のような。
やがて、彼は柔らかい光を放射しつつ消え去り、そうして元の一万と五千の分体たちの元へと分体としての意識を返していった。元に戻った彼らは一様に満足気に息を吐き、そして僕に最敬礼を寄越した。
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