クセモノ聖女、異世界にてあらゆる方面で無双する。

五月雨一二三

第1話 プロローグ1『フリージャーナリストの乱雑な手記。桐生一族の謎』


 超巨大企業集積体、桐生グループってのはそりゃあもうバケモンの集団よ。


 なんせ国内の正規の従業員だけで百万人を擁するのだ。

 百万だぞ、百万。

 契約社員、バイト、パートなどの非正規従業員も含めるとさらに十倍は増える。

 この日本という国の、約一割が桐生関連企業に従事していることになる。


 その、グループの中核になるのが、桐生製薬といういわゆるお薬屋さんだ。


 学歴フィルターを隠しもしない――これは就活生の間では常識レベルで有名な話なのだが、あそこに入社したければまずは桐生が作った育成機関『桐生学園、日本ミスカトニック大学』を卒業しなければならなかった。

 求められる学力は日本どころではなく世界的にも最高峰であり、旧帝大程度では首席卒業でも書類選考の時点で除外されるとかしないとか。


 まったくどんな頭脳集団だ。こちとらFラン大学でしかも中退だぜ。

 金が続かなかったのだ。奨学金? Fラン大ごときに奨学金奴隷をやれと?


 いや、自分についてはどうでもいい。

 ああ、話がずれたついでに有名な桐生のタブーも書いておこう。たまにお勉強だけできるバカがやらかすのだ。そして人生を棒に振る。


 桐生、と書いて大抵の人は『きりゅう』と読むだろう。

 だが、この桐生グループにおいての『桐生』は『きりう』と読む。

 人の名を間違えて呼ぶのは社会人として最低最悪のマナー違反。まして雇い主の一族の名を間違えるなどと――その末路を知るのが怖いぜ。


 そんな怪物的超巨大企業集積体、桐生グループには大きな謎がある。


 今や世界のどこを見ても、あらゆる地域に関連企業を送り込み、国の経済を握り、政治家、ときには政府丸ごとを掴み取り、好き勝手にやっている。


 話に沿って、国を乗っ取りたいときにすべき三つの大原則というものがある。


 まず一つは経済力を奪うこと。

 二つ目は軍事力を支配下に置くこと。

 三つめは政府の上層部を掌握すること。


 その内、二つを自らの手元に置きさえすれば残りの一つも自然とこちらへ転がり込んで、狙われた国はあえなく桐生のポッケに御用となるわけである。


 先にも書いたように桐生はクソ真面目に、狙った各国の経済と政府を手の内にし、実質の支配者として陰から干渉する変形型『アナルコキャピタリズム』を邁進している。……いかん、カタカナ用語の使用には気を使わないと読者に嫌われる。


 まあ、この手記など誰が読むのかという話だがそれでもだ。


 アナル以下略とは『無政府資本主義』と書けば概ね正しい翻訳となろう。

 要するに企業版無政府主義者アナーキストのことであるが、かの企業体はそれこそ世界中に触手を伸ばし、ありとあらゆる国を陰から支配、実質的な征服者となっている。現総帥の桐生善右衛門は、文字通り地球における最大最高の権力者となるわけだ。


 そんなに上手くいくはずがない? 六芒星の金持ち? 世界資産の半分を握る六十人の老人たち? 三百人委員会? フリーメイソン? イルミナティ?


 いいや、奴らは丸ごと死んだよ。


 不幸な事故や不可解な事件、あってはならない(人的)災害で。巻き込まれた無辜の人々を合わせれば三千万人は下らないというが、おっと、これは知るだけで命が危ないんだ。普通に消されちまう。社会的にも、物理的にもな。


 ただひと言、巻き込まれた人々は必要経費らしかった。まったくたまったものじゃない。人命をなんと心得る。その辺どうなんだ薬屋の桐生さんよ。


 それにしても、なぜにたかが極東の一企業体がここまで躍進できるのか。


 無改造の脳みそゆえにか、あるいは凡愚ゆえにか、どうにも納得が行かない。

 なので、調べてみた。

 これは正味命がけではあるが、ジャーナリストの一端を担うおのれが記者根性を留めるのは難しかった。かなりきわどいライン取りで情報をかき集めた。


 そしてわかったのは、いや、これをわかったと称していいのかどうか。


 一人の、――の存在。

 一匹の、――の存在。


 意味が分からない話だが、その二つの――が重要なポイントとなるらしい。


 名を――。

 ――。


 おかしい。なぜこうなる。


 今、確かにその個体名をここに書き込んだはずが、単語が、文字に、ならない。

 なぜ、どうして。気が変になりそうだ。SAN値が、削れて、いく?


 否、否。


 これが答えなのだ。これこそが、桐生の謎であり秘密。

 桐生は、人間如きでは絶対に逆らえない『それ』によって守護されている。

 理解を超えた結論に至るが、そうとしか、考えられないのだった。


 そして――。


 ああ、自分は少々真相に近づき過ぎたようだ。明日で三十路に入るというのに子どもみたいにはしゃいだ代償が、これか。ジャーナリストとは、因果なものだ。


 現在、午前二時半過ぎ。草木も眠る丑三つどき。


 玄関のチャイムが鳴った。ピンポーン、と一度だけ。

 こんな、夜更けに、来客とは。


 扉にノックが入る。息を殺していると、それはやがて殴りつける音に変化する。

 ノブを激しく回す音がする。

 扉を蹴りつけ、何語かわからない怒声が聞こえてくる。


 なんてこった。明らかにこれは。


 いや、それどころではない。どうすれば。

 逃げなければ。早く、逃げなければ。


 だが、どこからどこへ? どうやって? どのように?


 混乱する頭を抱え、窓のカーテンをそっと開く――ギョッとした。


 ああ、窓に、窓に!


 もう、こんな、自分は、ああ、ああ、そんな。

 虹色に揺らめく白金の光が。光の粒が。そびえたつ、巨大な、門が。


 ああ、なんて美しいのだろうか!

 そして、ああ、なんておぞましいのだろうか!

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