054
(私が今すべきことは………人の心配じゃない!)
自分に出来ることなど些細なこと。
そう分かってはいてもこのままくよくよと泣きべそをかいて人の手を煩わせるよりは全然ましだ。
自分を鼓舞し戦場に目を向ける。
エルツスパイダーという蜘蛛型モンスターの女王。その大きさは六メートルほどで大きな空間に一匹それがいる。
鉱石のような体は勿論硬く生半可な物理攻撃も魔法による攻撃も一切通さず、加えて機動力も高く大勢の隊員たちがこぞって攻撃を仕掛けるも大半はかわされ届いた攻撃はごく僅かで無力化されている。
多少の知性は感じるが鉱石の性質の糸を使い罠を張ったりする程度で、その点は鉱山都市クラスタードに来る前に奏真たちが倒した大蛇のモンスターの方が厄介だ。
その今ある情報を自分によく聞かせる雪音。
奏真の戦い方を思い出し自分にリンクして立ち回ろうとしていた。
出来ることは限られてくるがやり方は既に知っている。学院でもそれを実際に見て実感している。
(自分の得意、有利な点で。相手の不得意、不利な点で戦う。相手の有利、自分の不利な点では戦わない………)
いつか聞いた奏真の教え。
機動力は糸を使って動き回る相手には敵わない。
知能的には勝っていてもおそらく戦闘経験が足らないから敵わない。
地形戦も相手の独壇場。
これらはすべて切り捨て、続いて有利な点を絞っていく。
圧倒的な数の仲間。しかし時間がかかればかかるほど減っていく。
後は。
自らの圧倒的魔力。
今はこれでどうにか戦うしかない。
(でも………魔力をコントロール出来たことなんて………)
得意とする水魔法ですら御粗末なコントロール力なのに他系統の魔法などそもそも出来るのかすら怪しい。いや出来ない。
一番は魔力暴発による自爆、挙句の果てに他者を巻き込むこと。それだけは絶対あってはならない。
魔力を使わずに攻撃が出来るとするならばやはり弓での攻撃。
しかしそれでは威力が足らない。それに動く敵に命中させる腕もない。
(どうしたら…………)
これだけ魔力があっても宝の持ち腐れ。
奏真なら或いは、アサギなら容易く、姉なら上手く切り抜けるに違いない。
でも、自分はその誰でもない。
(私じゃあ………倒せない)
それでも。
(やるしか………)
苦手な魔力コントロールで行うのはただただ威力を上げるだけの【汎用型魔法】である【
魔力量が多いのを生かしてこれを選んだ。
(大丈夫、出来る。出来る!)
自分に言い聞かせながら魔力を込めていく。
膨れ上がる魔力。
それに気が付かないほど女王のエルツスパイダーは馬鹿ではない。
雪音が魔力を込め始めた辺りから警戒を始め縦横無尽に動き回り狙わせないよう対応を始める。
「………!」
そこまで動かれては雪音の今の腕では当てられない。
更に雪音は最初の一発目、警戒されていない瞬間を狙っていたがこれではもうそれは不可能になった。
脅威的な魔力を目の前にしてエルツスパイダーの女王は雪音から警戒心を緩めようとはしない。雪音が魔力を込めるのを止め、中断してもそれは変わらず完全にマークされてしまった。
(やっぱりそう簡単には………)
「おい、何をしようとした?話だと戦えないんじゃないのか?」
明らかに変わった動きを始めたエルツスパイダーの女王。その警戒心の先に雪音がいたことを確認して最前線にいたクルガは一時的に離脱、雪音の元まで戻ってきた。
(余計なことをしてしまった………)
「援護射撃が出来るならしてくれ。攻撃の圧が足りなくて困っている」
余計なことをして注意されるものだとばかり考えていた雪音はクルガの想定外の言葉に目を丸くする。
期待、というか必要とされていることに嬉しさを覚える反面、動いている的には当てられないという事実に悔しさを覚える。
「で、でも………動いている敵に当てられる腕はありません」
「まあ、あそこまで動かれたらそりゃあ、当てられるとしたらそれは………アサギくらいだろう」
ここからエルツスパイダーがいる空間まではやや距離がある。
その誤差を踏まえた上で警戒されている敵に命中させるのはもはや不可能。
決意した矢先にやれることがなくなる。
(アサギさんなら………容易く当てるのだろうか)
今まで当てるべき時にはピンポイントで狙撃していた。
奏真との連携はまるで互いに動きが分かっているかのように。
予測する力が長けている、というのもあるかもしれないがそれだけじゃなく圧倒的に技術と経験の差がある。
それを本来補えるほど魔力はあるのにそれを操ることは出来ない。
ここにいるのが自分じゃなくてアサギだったら、という思考が脳に張り付いて離れない。
じゃあ弱いから、魔法が使えないから戦えませんと諦めるのか。
散々奏真の戦う姿を見て何も出来ないと、自分じゃなかったらなどと嘆くのはまるで奏真が戦うのを否定しているようで。
それは違う。
ならばやるしかない、当てるしか。
当てる――――。
(………違う。この状況だったらアサギさんは当てない)
思い出す。
大蛇の時言っていたことを。
敵が一人の時、射線を読まれかつ今狙われていない。
そんな限られた条件の時の、狙撃手の役割。
(やることを逆にする。動きを制限して近接の人たちを生かす!これなら……)
「あの……!」
前線に戻ろうとしていたクルガを急いで引き留めた。
「何だ?奴の動きを封じる、なんてことは出来ないからな」
「いえ、そうではなくあのモンスターを倒す算段は付いていますか?」
「?高威力の魔法を当てられれば倒せるが当てられないからこうなっているんだ」
作戦の時に言っていた確実に当てられる時以外の高威力の攻撃を禁ずると。
だから皆困っているのだ。まずは動きを止めようと、無理をして機動力を封じるために立ち回っている。
「私が………動きを、制限するので攻撃をお願いできませんか?」
「なに?どういうことだ?」
「今、あのモンスターは私の魔力を警戒しています。それを利用して追い込みます」
正直やれるかは分からない。出来ないかもしれない。でもやらなければいつまで経っても足手まといで、戦えない。
今この瞬間にやってのけるしかない。
「なるほどな。やってみる価値はありそうだ」
それだけ言うとポイッ、と無線機を渡された。
「どこへ追い込むのか、座標はこちらから支持する」
再度前線へと戻っていくクルガ。
雪音はギュッと無線機を握りしめ、敵の攻撃が届かないであろう位置に。かつこちらの弓の射程内まで接近する。
それにつれエルツスパイダーの女王の警戒心は強まっていく。
数秒後に無線からクルガの声が届く。
『そっちからも紫に光る鉱石があるのは分かるな?』
それはこの空間で唯一ある鉱石。岩からせり出し嫌でも目に入る。
「はい、確認できます」
『そこへ追い込め。追い込んだ後はこっちの仕事だ』
「………はい、十秒後に攻撃を開始します」
プツリと切れる無線をポケットにしまって弓を両手で持つ。
一呼吸置いてから矢を取り出し構えた。
だがエルツスパイダーにこちらの動きが変わったことを察知されたか、やや警戒の色が薄くなっている。
(これじゃあ………ううん、まだ!)
現魔力残量はおよそ三分の一が他隊員の魔力供給により消費し残すは三分の二。これでも他よりは多く脅威に見えているはずだが警戒心が薄くなっては意味がない。それならばと雪音は以前にアサギから受け取った魔力を半減させるペンダント、それを取って本来の魔力を解放する。
(これで………)
倍以上に膨れ上がる魔力は他隊員の目を奪うほど。
圧倒的魔力にさすがのエルツスパイダーの女王も無視出来ない。
完全に警戒心が雪音に向いた。
直後。
「――――――!!」
直接対峙しているような気分に襲われて身が竦んだ。
目の前にいるような圧倒的な圧、今にもこちらへ向かってきそうな。
緊張と恐怖で手が震え狙いが定まらない。
残りは五秒。
考えても仕方ない。
震えが大きくなっていく。
時間の感覚が極限にまで引き延ばされ息が苦しくなる。
(大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫―――――――――
気が狂う程繰り返す。
それでも逆効果で逃げ出してしまいたいと心が揺らぐ、そんな時。
少し早いがそのための予行練習、と言ってはあれだがその程度で構わない。
作戦開始直前に言われた言葉。
―――――奏!)
震えが止まる。
周りの音も、呼吸も、エルツスパイダーの女王による威圧もすべて消える。
力が抜けていくような気がした。でも、弓を握る手は離れず。
二秒前。
外さない。
決意。
一秒前。
瞬間、エルツスパイダーの女王のやや左側に矢が放たれる。
ピュン、と風を切る音と共に一直線に目標目掛け飛んでいく。
【
矢が迫って、すぐに回避行動へと移る。
やや左側に来たために雪音の狙い通り右側へと回避する。
これを紫の鉱石があるところまで繰り返す。
二射撃目。
更に回避を促す。
だがこちらもあまり時間を掛けてはいられない。いつ攻撃力がないと、はったりであるとバレるか分からない。
三射撃目、四射撃目そして。
五射撃目にして紫の鉱石のところまで追い込んだ。
次の瞬間、一斉に放たれる高威力の魔法攻撃。
津波のように押し寄せる弾幕の攻撃に回避する隙間など当然ない。直撃を繰り返しその装甲のような外皮を打ち破っていく。その音はまるで鉱石の掘削音だ。
やや離れたところから見ている雪音はその光景を一瞬たりとも見逃さず目に焼き付けた。
ほんの些細な、それでも初めて戦闘で活躍したこの瞬間を。
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