053
後方から見つめる戦場は凄まじいものだった。
飛び交う指示と悲鳴と血。
無傷なんて、重傷者が出ないなんてことは思っていない。死人がまだ出ていないだけましだがそれも時間の問題。クルガが数十分前に支援要請を出したが駆けつけてくるのかは正直五分五分。
雪音は弓を握ったまま、立ち尽くしていた。
どうしたらいいのか分からない。
そんな時、今まで静かだった悪魔が急に流暢に話し始める。
『こりゃあもう駄目そうだな、残念だ』
一体何の話だか見覚えのない雪音だったがすぐに奏真の顔が思い浮かぶ。
どことなく嫌な予感。
そんなことはない、ただまたいつものように何か言っているだけ。そう願いながら恐る恐る尋ねる。
(一体何の話?)
『ケケケケ、お前が一番危惧してる話だ』
心を読まれた。
いや、それどころではない。奏真の身に何かあったのだと心配になり考えるよりも先に体が来た道を戻ろうと動き出す。
「どこへ行く?」
それを止めたのはクルガだった。
どこにいるかもわからない奏真の元へと行こうとする雪音の腕を掴んで阻止。
「奏が、奏真さんが…………」
雪音には悪魔が取り憑いている為魔力が使えなかろうが関係ない。だがそれを知らないクルガは何を根拠にそれを言っているのかは分からない。
それでも確信を持って、そして青ざめる雪音の姿がとても冗談のようには見えず言っている事が本当であると直感が言う。
「アイツが……………」
クルガからすればアサギを呼んだ時に付いてきた魔力が極端に少ない非戦闘員という印象だった。
なのに奏真本人からは協力すると聞いて驚いた。戦えるかは微妙なところだったが人数が圧倒的に足りていない今の現状、自分から名乗り出てくれるのは助かる。
とは言え命の保証までは出来ないので自己責任として協力してもらっている。
正直クルガはこれまでの奏真の戦闘を見ていないこともあってやっぱりか、と想像通りだという反応。だが他に二人仲間がいるはずだと雪音を落ち着かせようとする。
「問題はない、他二人の隊員がついている。倒せずとも退きながら戦えば生き残ることは充分に可能だ」
しかし、そこへ奏真と組んだ筈の二人が支援要請と駆けつけた。
「お待たせしました、東、高野支援要請を聞き駆けつけ……………」
それを見た雪音は息を飲んだ。
奏真の姿がない。
記憶では奏真と組んでいたガーディアンの隊員だったはず。
サァ、と血の気が引いていくのを感じる。
気がついた時には東と名乗る男の隊員にしがみつき必死に奏真のことを聞き出していた。
「奏真さんは!?あの人は無事なんですよね!?」
まさか死んだなんて考えたくもない。
きっと無事である筈だ、悪魔がただ面白半分にからかっているだけなんだと考えたくとも真実を聞かなければ落ち着かずにはいられなかった。
「確か君は…………」
奏真と一緒にいたエルフの女の子であるということは知っている。
「ごめんなさい、私たちを支援に向かわせる為に彼がしんがりを引き受けたの」
高野が下を向いて。
ひとまずよかったと息をつくが一人で戦っていると聞いて生きているという心地はしない。
でも。
本来なら死んでいてもおかしくないような状況に置かれているが奏真なら問題ないとそう思える。
きっと何とかしている。むしろ一人で戦う方が楽だと二人をこっちに追いやったと言われれば奏真らしい。
「死んで、ないんですよね?」
「ああ」
ならば、今自分がすべきことは?
奏真も必死に戦っている筈だとこんなところで一人べそをかいている場合じゃないと弓を握る手に力を入れる。
奏真が実際、今どうなっているのかも知らずに。
(ああ、これは死んだ)
一人でエルツスパイダーと戦い始めてからものの数分。
引き気味に、かつ守るようなものはなく楽に戦えるように思われたが実際のところあまり状況はよくない。
腹部に大きな損傷。
抉られるようにして付いたその傷は作戦実行より前にクルガが話していたブレードのような硬い腕により受けたもの。
鋭く尖ったその腕で突き刺され血が溢れ出していた。
耐え難い苦痛が今もなお走るがそれでも立ってナイフを構える奏真。
しかしさすがにもう勝機は見えない。
本能が死を直感する。
奏真はほぼ全ての系統の魔法を難なく使いこなすが体を治癒する魔法は使えない。
ある程度の出血や怪我なら治癒は出来なくとも施しようがあるが今のその傷はそんな誤魔化しが効く程度のものではなく重症。
油断していたわけではなくしむしろ警戒心は過剰な程に。
どんな動きにも対応出来るよう神経を張り巡らせてエルツスパイダーに集中していた。
が、それが結果的に仇をなした。
本体に集中する分、周囲への注意力がやや落ちる。
落ちるといっても何かが迫れば反応出来る程には注意力を向けていたが視野が狭まるのは事実。
カウンター狙いで動いていた奏真は隙を見て攻撃しようと接近を試みる、その時に奏真の足に何かが突っかかった。
バランスを崩したその瞬間、間一髪即死する当たり方はしなかったが腹部にエルツスパイダーのブレードが肉を抉っていた。
離脱、兼保険としてあらかじめ仕掛けておいた【空間移動魔法】により一時後退。
その時ようやく奏真は気が付いた。
薄っすらと見える糸に。
それに足と取られたのだと。
魔力感知でもよく注意していないと気付かないレベルの、視認は目をよく凝らされければいけないレベル。その糸がいつの間にか至る所に仕掛けられていた。
(見落としていた)
どうりで魔力のコントロールが上手い訳だと納得する。
今この際魔法が使えるのかは定かではないが魔力を糸のようにしてそこら中に罠を仕掛けている。ブレードの先から出すことが可能なようで振り回すついでに糸を張っていたのだろう。
また糸は鉱石を食べているからかその性質が多少あるようで硬い。糸自体はすぐに千切れるようだが突っかかった足に切り傷が出来ている。
詰みだ。
腹は抉られ血が止まらず、糸により動きに更なる制限がかけられる。そもそももうこの傷では俊敏な動きは出来ない。遠距離の攻撃など無に等しい、それくらいに効かない相手の防御力。
自らの長所を潰され、短所を浮き彫りにされた。
(よくよく考えれば勝てるはずないのに根拠のない自信でこのざまだ。何がすぐに駆け付けるだ…………
この傷を負ってなお警戒しているエルツスパイダーはゆっくりと近付いてくる。
それを見て微かに手足が震え始めた。
恐怖だ。
死に対する、エルツスパイダー対する。
「………よっぽど
笑えてくる。
こんな魔力も少ない雑魚相手に全く油断していないなんて。
皮肉を言われている気分だった。
それに対しお前はどうだ?と。
魔力が少なくても勝てるんだと知ったあの日。
弱いからこそ慎重に、念入りに作戦を立てて、油断しない。
それで勝っていく内に、アサギの協力も経て格上の相手も難なく倒し、魔力が多過ぎるエルフの師的な立場になって、いつの間にか――――
さも、自分が。
自分一人で強くなったものだと勘違いしていた。
調子に乗っていたのだ。
(魔力が少なくても、魔法だけに頼らなくても勝つ?一番頼ってたのは自分じゃねぇか馬鹿野郎が…………)
勝てないと確信する相手が現れて新しく何か通用する魔法を。
この魔法ならどうだ?失敗を繰り返す。
「………間抜けだな」
懺悔のように出たひと言。
それを聞くものは誰もいない。
恐怖で体は動かず、みっともなく逃げることすら叶わずに無様に座り込んだ。
エルツスパイダーは容赦なくブレードを奏真へと向けて振り下ろす。
奏真の鮮血が胸元から溢れ出した。
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