050
アサギの目の前に立つ男はこの都市に構える支部の支部長。
年は二十二と他の支部長と比較して若い方になるがそれでも数々の修羅場を乗り越えた生粋の実力者。
百八十の身長に黒色の髪、きっちりと着こなした支部の隊服。両側の腰に添えられる二対の双剣は装飾などない質素なものだが年季が入っている。
彼と久しぶりに会ったアサギは変わらないと言ったのに対しアサギの記憶にある彼の姿とは一転、身長も声も変わり成長が見られる。
「随分と成長してしまったなぁ、クルガ」
身長は頭一つ分高くなりもう見上げなければその表情は伺えない。
「そりゃあ、あれから結構経ちますからね。あなたが変わらなさ過ぎるんですよ」
始めは路上で久々再開を果たした先輩後輩の何気ない会話から入るがやがて話題は今回アサギ達がここへやって来た理由について話した。
ガーディアンの上層部から話を聞いてここへ来たこと、他三人の仲間とここへ来たと言うこと。
それらを話すと一度場所を変えたいとそのままクルガへ連れられとある建物へと入っていく。
(しまった、三人置いてきちゃったな………)
幸いにも奏真がいるので心配はないがエルフという種族が公になった今、魔力が低い奏真一人の護衛では喧嘩を売られかねない。そしてそれに火を付けられた緋音が油を注ぐその光景まで容易に想像できる。
そんなことを思いつつも連れられるがままに戻らないのはこちらからひとつ内密にしてほしいことがあるから、である。奏真たちにも言えないとある事情。
ついていき、やがてやって来るはこの都市でもなかなかに高さを誇る塔、その最上階の小さな部屋。
道を通る人も遥か下に映りぐるぐると目が回るほどのらせん階段の先に造られたこの部屋に辿り着くには同じくその長い長い階段を下から登らなければならない。秘密の話をするには持って来いの場所ということだ。
「こっちからも話したいことはあるけどまずは話を聞くよ」
「では………改めて今回お願いしたいのはモンスターの討伐。そしてここまで内密にしている理由ですが都市の住人達に知られないようにするため、もう一つがガーディアン内部にいると予想される裏切り者について」
「裏切り者!?」
前者については必要以上に恐怖心を抱かせないためにする情報統制みたいなもので納得出来るが後者についてはアサギですら初めて聞かされた。
耳を疑うアサギの反応を見て当然と小さく頷くクルガは更に話を具体的に広げていく。
「以前確か都市[ハルフィビナ]でエルフの少女を助けたと、その時にガーディアンの一人が内通していたと聞きました」
「………ああ」
その情報に間違いはないあの時助けた雪音の恐怖の対象はガーディアンの隊員だった。だがその時の隊員は私欲のために個人で動いた愚か者なので内通者と言うよりはただの犯罪者。
何に対しての裏切り者なのか、それにそいつ意外にもガーディアンでありながらも悪事を働く者が潜んでいるのか。聞きたいことはあるがまずは一通りの話を聞く。
「そこから情報が洩れている可能性もなくはないですが明らかにおかしな点が……」
そこから一呼吸置いて、
「協会の足取りが一切追えなくなりました。もともとトカゲの尻尾程度だった情報すらつかめず今は完全に姿を眩ませています」
ここまでは驚くことはあれど一切顔色を変えなかったアサギの表情が曇り出す。
「アレクトル学院での事例、教師数名が手を引いていたこともありガーディアンにもいるのではないか、と一週間前の支部長会議で上層部から通達がありました」
あり得なくはない話だ。むしろその可能性は高い。
ここへ来る前に見つけた研究所もたまたま見つけただけで本来ならばしることもなかっただろう。その見つかったものも、もぬけの殻であまり成果はない。
それがなぜ今回の任務が内密になるのか、アサギはとうに理解していた。
「ただでさえこちら側はモンスターの対応に追われているというのに協会の相手はしていられない。仮にそれが内通者に伝わり学院の時のような魔法で侵入を許せばいともたやすく崩れ落ちる。更にこちらにはその魔法の技術がない。奪還の為の籠城戦に持ち込まれれば苦難となるでしょう、皮肉なことにこの都市には武器となる物資がいくらでも鉱山から手に入る」
敵の使っていた魔法の技術は奏真ならあるいは、とアサギの中では微かな希望があるがそんな微小の希望よりもその状況にならないとこが一番だ。
そのためにこの都市の住人も含めてこの都市が今ピンチに陥っていることは限られた者のみしか知らない。
なるほどと、アサギは頷いた。
(協会の動きもつかめない以上、こちらが後手。このことは奏真にも話した方がいいな)
アサギの中でもクルガ含めて数少ない味方であると信じることが出来る人。
「それで、そちらの話って何ですか?」
「ああ、それなんだけど―――――」
アサギを見失ってその後の奏真たち。
通り沿いにあるベンチに腰掛けて大人しくアサギの戻りを待つがエルフ二人、主に雪音の方が露店に目を奪われ今にも行きたそうにそわそわと落ち着きがない。
「アサギが戻ってきたら自由に回っていいから今は大人しくしとけよ」
見れば分かるぐらいには分かりやすく落ち着きがないがそれでも雪音本人はそれを隠していたつもりだったのか、見透かされ奏真に言われると少し顔を赤くしてちょこんとベンチに座り直す。
雪音に憑りつく悪魔はこれを見て大爆笑だったりするが雪音はそれを完全無視。
「宿屋だけでも決めませんかね?そろそろ休みたいんですが………」
雪音のフォローをするかのように緋音も歩きたいと言う。
勿論奏真もここへ来るまでの戦闘でかなり疲労が溜まってきている。出来ればすぐにでも横になるかゆっくりと風呂にでもつかりたいところ。
「気持ちは分かるがアサギがまだ帰ってこないしなー………」
アサギの場合はどうせすぐに見つけて戻って来るだろうが。
それほど時間もかからないだろうと思われていたが想像以上に話し込んでいるようだ。戻って来る気配は未だない。
そろそろ腹も減って来る。
「まあいいか、アサギ置いて自由行動にでもするか」
そうと決まればすぐだ。
ベンチから立ち、人々が行き交う露店が並ぶ道を奏真が先頭になって宿屋を探すために移動を開始する。
都市へ入る時にも見かけた露店の数々。
立ち並ぶ露店はこの都市から出土した鉱石をふんだんに使ったものが多くどれも外から来た奏真たちには目新しいものばかりで進んでは足を止めゆっくりと眺めながら通り過ぎていく。
「入りたいところあったら入っていいぞ」
如何にも行きたそうなそわそわしている雪音を思い出し、気になるところは遠慮しないで入ればいいと言うと先に動いたのは緋音の方だった。
どうやら緋音も実は相当見て回りたかったらしく意地を張っていたようだ。
二人ともまだ十代前半の女の子。年頃と言うこともありお洒落や気になるものも多いのだろう。特に雪音に関してはそういうことに触れさせてもらえない環境下にあったが為、より見るだけでも楽しいのが奏真から見てもよく分かった。
しばし二人の買い物に付き合うか、と考えながらついていく。
まず最初に向かうのはアクセサリーとかそういう類のものではなく鍛冶屋。
それも加工されたものが多く並ぶところではなく加工前の材料などが豊富に揃った店で武器もそれなりに置いてはあるがどれも完成とまでは行かず、あえて未完成の物を提供しているようだ。
「自分用の武器にカスタムするためにこうなってるのか、面白いな」
奏真も品を見て関心する。
品質や性能は値段に比例するがあまり当たり外れがなく良品ばかりでアサギの腕を加えれば相当いいものに化けることが期待出来る。
雪音も同じように考えてこの店に入っていた。
「…………」
材料が多いということで武器の数は少ない、なんてこともなく数々の種類が並べられた棚を見て雪音は目移りしていた。
「何を探しているんです?」
姉の緋音がそんな雪音に買い物の手伝いをしている様子を見て、あまり離れなければ問題なさそうだと奏真も自分の物を探してみる。
奏真はどちらかというと武器ではなく材料の方に目を向ける。
いろいろな鉱石に製錬済みの金属、更にそこから加工されたものなどどの品を見ても汎用性が高く奏真は加工するアサギに詳しく聞いてみないと分からない。
「う~む、何が違うんだ?」
値段も、名前も違う二つの金属を手に取って比べてみても見分けがつかない。
色も手に取った感じの触り心地、だいたいの重さや硬さ。どれを見ても違いが分からない。
一人で首を傾げていると後ろから声を掛けられる。
「お客さん、何か悩んでるのかい?」
後ろを振り返ればいつの間にか背後に忍び寄ったこの店の店主であろう男が立って奏真の手元を覗き込んでいた。
そんな店主に驚きつつも両手に抱えたこの二つの金属の違いを聞いた。
「一体これは何がどう違うんだ?」
「ああ、それは両方ともこの都市の鉱山で採れるものだが左が主に装飾で使われるもので右が武器に使われるものさ」
「へぇ、違う鉱石なのか?」
「ええまあ、ただ最近はその鉱石が採れなくなってきてるから最近は価値が上がって来ていてね、買うなら今がおすすめだ。何でもモンスターが出たとか噂されてるがいつになったらまた採れるか分からないからな」
「いや………取り敢えずいいかな」
「そうかい?」
危うく旨いこと惑わされ買わされるところだったが何やら気になることを言う。
この話はこれ以上追及はしなかったがもしかしたら何か関係があるのかもしれないと気に留めておく。
手に持っていた商品を戻し、エルフ姉妹の様子でもと店を見渡すが既に二人の姿はそこにはなく。
「やべ、あいつらどこ行った?」
まさかあの一瞬で見失うとは思わず急いで店を出たところでエルフ姉妹ではなくアサギと再会する。
「おお、いたいた。ってあの二人はどうした?」
「分からん、見失った」
「!!…………それはまずいな。奏真、探しながらでいいからちょっと聞きたいことがあるんだ」
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