049

 大蛇と対峙する奏真の周りに水が漂い始める。

 これは大蛇が何かした訳ではなく奏真が何かしようとしているもの。


 一体何が始まるのかと見ているアサギと雪音には理解出来ない。

 

「一体何をしているんでしょう?」


 そう雪音に尋ねられるがアサギも同じく分からないので首を傾げるしかなかった。


 アサギの仮説としては漂わせた水を浴びせて魔法で発生させた電気により関電でもさせようとしているのかと考えるがそれにしては水の量が多い。


(それにこの魔法は………)


 奏真の周りを漂う水に関しては奏真本人の魔力で出来ている訳ではない。

 緋音が降らせた炎が着弾し水が水蒸気になったそれ。自然の物を利用すれば本来の魔力よりも消費を抑えて生み出すことが出来るがそれなら沼というぐらいだ。もともとある水を利用すればいい話。わざわざ水蒸気になった水をまた戻してまで使う理由がない。


 やがてその水は端の方から凍てつき始める。


 一度に凍らないのは奏真の魔力では足りない為であろう、ゆっくり端から徐々に凍っていき最終的には全て凍らせる。ここからが奏真の反撃の始まり。


 動きが鈍くなった大蛇へと攻撃の開始。

 巨大な氷の塊は奏真の指示により亀裂が入ると連鎖して粉々に砕け散る。

 見ている側としてはそれが何かしようとしたミスにも見えるがそうではなくこれこそが奏真の狙い。


 砕け一つひとつが握りこぶし程度になった氷は雨のように降り注ぐ。

 先ほどの緋音の魔法に似た攻撃だが属性が氷に、威力もそこまで強くはなく劣化版にも見えるが使用者は奏真自身。自分には当たらないよう調節し、近くに降ってきたものには【誘導インダクション弾丸バレット】と同じ効果の魔法をひとつひとつに付けていく。


「うわぁ、えげつな………」


 その光景を見たアサギは思わず大蛇に同情せざるを得なかった。

 頭上から降り注ぐ不規則な氷塊の雨に突然現れる奏真がコントロールする氷。それは横から、後ろから時間差と奏真の技術を生かした連携の攻撃が合わさり回避不可能な弾幕になる。


 相手が人間なら詰みだ。

 相手が人間なら、の話だが。


 やはりと言うべきか硬い鱗に覆われる大蛇にはそれほど強い攻撃にはなっておらず奏真に反撃を仕掛ける。だが効いていないように見えて大蛇に変化があった。


 それは奏真に攻撃する時、微かにだが動きが鈍くなっている。

 弾幕を避けているから?違う、当たるも当たらぬも関係なしに攻撃している。

 アサギは大蛇に目を凝らした。


(あれは…………氷か?)


 降り注ぎ、直撃したものもある。その氷が残り少しずつであるが表面を凍てつかせている。それが度重なればやがて目に見えて分かるほどに枷となる。


(珍しく回りくどいことしたな)


 沼の水を使わずに水蒸気からわざわざ水に戻して凍らせて攻撃する理由は未だ分からない。それは兎も角、これでようやく大蛇の動きが止まり始める。


 こうなったらやることは簡単。


「さて、やっとこさ詰みだな」


 リボルバーを取り出し、銃口を大蛇の眉間に向けた。

 今回はそれだけではなく、アサギの腕ごと稲妻が走り帯電していく。スパークを散らしながらアサギはトリガーを引いた。


 その瞬間、爆発に近い轟音が響くと大蛇がビクリと体を震わせる。そして、バタリと倒れ込んだ。

 眉間には風穴が空き、絶命した。





 敵の沈黙によりここでようやく一息を付いた奏真。

 自分から援護を頼んでいたとは言え、本来ならば自分の力だけで押し切りたいところだったがアサギの援護により撃破、結果は不服だがやはりこれが一番早いと再認識した。だがそれと同時に自分だけでは圧倒的に力不足とも捉えることが出来る。


 アサギがぶち空けた大蛇の眉間の穴。

 奏真がこれと同等以上の攻撃をするには魔力が全く足りない。


(やっぱり一人で倒すのは無理だったか?)


 密に試していた実験。

 可か不可かで聞かれたら多分可能だ。だが仮に一人で倒すとしたら一体どれほどの時間がかかるのだろうか、それは想像出来ない。


 仲間と連携して、時間を掛けながら攻略していくのが奏真の基本スタイルとして根付いているがそれだけでは行き詰る。かと言って一人で戦おうものならば今回のように火力が足りない。


 そして今回はそれだけではない。


 一人で倒すことを考えたためにいつもの動きではなく火力重視になり最適な選択を何度もミスした。

 アサギに「今日はやたら回りくどい攻撃してどうした?」と聞かれ少し考えれば確かにその通りだった。


「大丈夫ですか?」


 脳ばかり働かせていると見ていた雪音が声をかけてきた。

 

「………ああ、大丈夫だ」


 今こんなことを考えている場合ではないと考えることを止め、先へ行こうとするが緋音の姿がないことに気がついた。

 最後に見たのは無差別な援護と言えるのかどうかも分からない炎の雨を降らせたあの時。それ以降はなぜかぱたりと攻撃が止んだ。


「緋音はどうした?」


 尋ねる奏真に応えるアサギは無音で上を指差した。

 青い空を見上げると降って来る緋音の姿。

 ひとまず無事であることを確認するが今まで何をしていたのか、なぜ途中で攻撃を止めたのか早速聞いてみる。


「鬱陶しい攻撃が止んで助かったが何してたんだ?」


 嫌味を言いながら聞くのはかなりストレスだったからだ。

 だがそんな挑発には乗らず先ほどからどこか違う方向へと向いている。その方向はここへ来るまで通って来た方角。


「………かなり遠くですが、煙が立ち昇っているのが見えたんです」


「煙?焚火とかか?」


 アサギが想像するのはそれだけだったがどうやら違うらしく首を横に振った。


「煙が黒かったので多分違うかと。それと一か所だけではなく複数個所見つけたので火災か何かでしょうか?」


「さあどうだろうな。ここまで来たところに森林火災が自然に発生するところはなかったし人為的と見るか………真相は分からないが行く先とは幸いにも反対方向だし無視して先を目指そう」


 人為的ならばかなり気になるところだが下手に関わっても仕方がない。まして今は優先すべきことがある。


 立ち塞がる大蛇も撃退したことで妨害してくるものはいない。


「そういえばあの蛇は固有魔法を使うんでしたよね?使ってる気配がなかったような気がしますが………」


 思い出したかのように言うと奏真とアサギを疑うような目で見る緋音。


 確かに操られていたトンボは戦闘中に絡んでこなかったがそれは単に先にアサギが行ったときに粗方撃退してしまったためである。残党が奏真に絡んだ時もあったがその数も僅かで特に役に立つことはなく、煙に注目していた緋音はその様子を見ているはずもなく。


「どうせこの先にも出て来るだろ、そのうち」


 未だ疑っているがそんなことは無視して先へと進んだ。






 目的の地、鉱山都市クラスタードに着いたのは日が沈みかけた夕方の頃だった。


 鉱山都市と言うだけあり都市でありながらも山頂には白く雪が被るほどの標高の山が都市一体を囲みその盆地にある都市は天然の要塞。

 城の壁のように囲いがあり都市へ入るところは数か所しかなく、検問もあるためアレクトルよりも強固なイメージが最初に浮かぶのは当然で初めて見る奏真、雪音、緋音は聞いていた話と違い困惑の表情を浮かべざるを得ない。


「人員が不足している、だったけ?外には特に脅威になるようなものはないが」


 都市がモンスターにでも襲われているものだと思っていたがそうではなくその影はない。検問所も見た感じでは通常通りに機能していてここへ連れてこられた理由が分からなくなった。


 都市へと入れば何か分かることもあるかと、早速検問へと足を踏み入れれば特に止められることもなく素通り。雪音と緋音がエルフであるため少々目に止まることはあったがトラブルになることもなかった。


 都市を囲む外壁を潜り抜け、いざ都市へ。


 そこはまるで別世界が広がっている。

 白色の壁に煉瓦造りの建物が多く、上り下りの多い入り組んだ地形に敷かれる道は石畳。露店が多く建物の大半は一階に露店を構え、二回が住居や作業スペース。売られている物も様々で武器防具の鍛冶製品は勿論、鉱石を多く使った家具にアクセサリー、小物まで。灯り始める明かりはランプが使われオレンジ色の光が照らす。


 行き交う人々は多くかなり平和な印象だ。


「見てて飽きないな」


 奏真は感想を口に出すが雪音と緋音は開いた口がふさがらず辺りを見渡しては目を輝かせていた。

 観光もしたいところだがまずは状況の説明をしてもらわなければならない。

 事情を知っていそうなガーディアンの支部を探す。


「アサギ、どこにあるか分かるか?」


 アサギは何度か来たことがあるため案内をしてもらおうと頼むががアサギの返事は曖昧で何か懸念しているかのようだった。


「…………うーん」


「どうした?」


「支部の場所、前と変わってるっぽい」


と、言うのもアサギの記憶では支部のあった場所は既に通った検問所が支部になっていて今回もそこへ行けばすぐに知り合いにでも会えると思っていたらしい。


 こればっかりはアサギの問題ではなく仕方のないことなので奏真は何も言わないが緋音は「ほんとかよ」と言う目を向けていた。


 緋音の刺すような視線から逸れるように明後日の方を向くと、そこにガーディアンの知り合いが丁度横切った。


「あ、………」


 急いでその知り合いを追いかけて行ってしまうアサギ。

 その後を緋音が追おうとするが奏真が服を引っ張ってそれを阻止した。


「ちょ、何するんです?追いかけないと見失ってしまいますが?」


「迷子になるぞ。この人の多さだと。それに俺たちは初めて入る都市だし土地勘もない。アサギなら問題はないだろうし話はあいつに任せればいい」


「じゃあ残った私たちは何をするんですか?」


「分かりやすいところで待機だな」


「…………」





「久しぶりだな」


 知り合いに追いついたアサギは早速声をかけた。

 アサギの声に振り返った知り合いはアサギの顔を見て一度止まる。そして大きく目を見開いたと思うと目を閉じる。


「変わらないですね、先輩」


 圧倒的アサギよりも年上のその男は優しく微笑んだ。

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