マンドラゴラには手を出すな
デバスズメ
マンドラゴラには手を出すな
「マンドラゴラには手を出すな」
中年の男は淡々と語る。酒を一口飲むと、首を傾げて更に続ける。
「マンドラゴラ掘りは儲かる仕事だ。だが、年に何人も死んでいる。命が惜しけりゃやめておくんだな」
「そんな事知ってます。どうしても金が必要なんです」
中年の男と対する若者の目は真剣だ。
「お前の事情は知らんが、俺のところに来たってことは、話を聞きに来たってわけだ」
「はい。マンドラゴラ掘りをやるなら、あなたの話を聞いてから決めろって……」
若者は聞く耳持たずといった感じだ。どんな話を聞いたとしても、意志は変わらないとでも言いたげである。
「まあ、いいさ。とりあえず聞いておけ。これはマンドラゴラ掘りに伝わる有名な話だ……」
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……これは今から10年くらい前の話だ。ある男がマンドラゴラ掘りを初めてちょうど1年くらいだったか。仕事にも慣れてきてちょっと欲を出したんだ。今でこそマンドラゴラは養殖物が当たり前だが、天然物は物好きに高く売れる。当然だ。命がけで掘るんだからな。
お前も知っての通り、野生のマンドラゴラは乱暴に引き抜くと悲鳴を上げる。それを聞いたらもう終わりだ。だから、傷つけないように周りの土をゆっくりと掘っていく。根気がいる力仕事だ。
で、だ。その男は調子に乗って一人で山奥までマンドラゴラを掘りに行った。そもそも崖みたいな急な斜面なんで、ベテランですら近づきたがらねえ場所だ。だけどな、若気の至りってやつか、人目を避けて山を登ったんだ。
それで、山奥に行ったは良いものの、一つもマンドラゴラの葉が見えねえんだ。だが、天は男を見放さなかった。日も落ちかけてきて、もう帰ろうかと思った時、ソイツは現れやがった。
バカでかいマンドラゴラの葉だった。今まで見たことねえくらいのな。ソイツを見てすぐに分かった。ここら一帯の養分を、ソイツが全部吸ってるんだってな。その男はすぐに掘り始めた。一攫千金どころじゃねえ。10年は遊んで暮らせる金が手に入ると思ってな。
さあて、意気揚々と掘り始めたは良いものの、掘っても掘っても根の底が見えねえ。マンドラゴラの根ってのは土の中でぐにゃぐにゃに曲がっていやがるから、途中で一気に引き抜こうなんて事はできねえ。そんなことすりゃヤツの絶叫で一発だ。
日が落ちてきてもその男は掘るのをやめなかった。自分の体が埋まるくらいの深い穴を掘ったが、それでもまだまだ底が見えねえ。ここまできて、男は諦めきれなかった。ここで帰れば、明日にでも他のやつに横取りされるんじゃあないかってな。
月明かりを頼りに、男は一心不乱に掘り進めた。マンドラゴラは人を狂わせるってのは、絶叫だけじゃねえ。金に目がくらんだ馬鹿者はいとも簡単に狂っちまうのさ。
満月が真上に来た頃、ついに男はマンドラゴラを掘り出した。見たこともねえ長さに男は喜んだが、同時に怖くなった。はたして無事に下山できるかとな。天日干しする前の生のマンドラゴラは掘り出されても生きている。下山中に傷つけちまえば……どうなるかわかるだろ。
一人で登るのも苦労した山だ。それを自分の体より長いマンドラゴラを傷つけないように下るってんだから、とても一人じゃ無理なもんだが、その男はもうマンドラゴラの生む金の魔力に溺れちまってた。
どうにかして持ち帰ろうと必死だった。いや、もうそれしか考えてねえと言うべきか。真夜中の山道を、月明かりだけを頼りに一歩一歩確実に下山した。崖で足を滑らせた時なんてゾッとしただろうよ。自分の体が岩に叩きつけられようがお構いなしでマンドラゴラを守った。
男はもう気が気じゃなかったが、とにかく、どうにか急斜面を降りきって吊橋にたどり着いた。吊橋を渡ればあとは緩やかな道だ。だが、気が緩んだのがいけなかった。
男が吊橋の真ん中あたりまで来たとき、大きな風が吹いて橋が揺れたんだ。
男は転ばぬようにしようとしたが、足を滑らせて転んでしまった。そのとき、マンドラゴラを真っ二つに折っちまったんだ。
「ギョワーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
マンドラゴラの悲鳴を聞いちまったやつは死ぬとか狂うとか言われているが、正確には違う。耳をやられちまうのさ。耳っていっても、音が聞こえなくなるわけじゃねえ。耳の奥を狂わせて地面がわからなくなっちまうんだ。
地面がわからなくなると、まともに立っていられねえ。酔っ払った時のもっとひどいやつだ。真っすぐ立ってるつもりなのにいきなりぶっ倒れたりする。はたから見れば狂ってるように見えるし、運が悪けりゃ地面に頭を打ち付けて一発であの世行きだ。
まあ、こればっかりは一発くらわねえとうまく説明できないが、とにかく、男にとっては場所が最悪だった。足場が狭い吊橋の上でふらつくってのはまあ、お前の想像するとおりだ。男は川に真っ逆さまだ。助からねえと思っただろうな。
ん?「男が死んだんだったらこの話は作り話なんじゃねえか」ってか?まあ、お前がそう言いたくなるのもわかる。ところが、だ。男は生きてたんだよ。下流の村まで流れ着いたのが発見されたんだ。
恐ろしいことに、その男は両手に折れたマンドラゴラをしっかり握りしめていやがった。こうして、命からがら生き延びた男はマンドラゴラを売って大金を得たっていう話だ。
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話を聞き終えた若者は唖然とする。
「え?結局助かったんじゃないですか。それに金も手に入ったし、生きてるんだから良かった話じゃないんですか?」
「……フッ。生きてるんだから、か。いっそ死んだほうが楽だったかもな」
中年の男は酒を飲むと、首を傾げて更に続ける。
「ここからがこの話の本番なんだよ」
「え……?」
「その男は助かったはいいもの、マンドラゴラの悲鳴が相当効いててな。普通なら1日か、長くても数日経てば元に戻るもんだが、そいつは10年経っても治らなかった。その男にとって、世界は常に傾いているんだ」
「その男って、もしかして……」
若者は目の前の中年男を見つめる。
「そういうことだ」
首を傾げた中年男は答える。
「こうなっちまうとな、まともな生活なんてできやしねえ。10年遊んで暮らせる金も、細々生きるために使ってるのが現状だ。俺にとってはもう、平な地面なんてのはどこにもねえんだ」
若者は黙り込む。
「さあて、話すこと話した。後はお前が決めるんだな。金か、死か、あるいは、」
壮年男は杖をついて立ち上がる。その体は直立することを許されず、平らな地面に対して斜めに立ち、ふらつく体をどうにか杖で支えている。
「あるいは、未来のない人生か」
中年男は、まるで老人のような足取りで店を後にした。マンドラゴラ掘りの末路を若者に見せつけるように。
マンドラゴラには手を出すな デバスズメ @debasuzume
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