胡蝶の夢か現実か
痛みは
「荘子だったか」
「え?」
「なんでもねぇ。……変わる度に何か起きたか?」
「お人が変わる時は、大抵最初は非常におどおどしておられますが、それ以降は場合によって変わります」
「例えば?」
「非常にお優しくなる場合もありますが、その期間は短く数年ですぐにお人が変わってしまいます。その、精力的になる場合もありましたが」
「精力的……?」
奥歯にものを挟んだような言い方をするリッテを見やると彼女は恥じらうような様を見せたので、ああそういう事かと仲治は気付く。要はエロ親父だ。
「そんな時は長いのか?」
「ええ。ですが長いと申しましても二十年も経てば、周囲を遠ざけだす様子は変わりません、主観的にはもっと長く感じていましたが……」
夜伽の相手でもさせられていたんなら、そりゃ長く苦しい時間だったのだろう。
「しかし、二十年かい。オメェさん、今いくつだ?」
「百二十六歳です」
「はぁ……魔族ってのは
どう見ても二十代の娘が百歳越えとは恐れ入ると、仲治は肩を竦める。やはり仲治の常識は通用しない。通用しないが、言葉のやり取りは出来ているし、人間に近い考え方もしている事が見て取れる。
「魔王ってのは王様だろう? 人が変わっちまう扱いづらい奴が王様でオメェさんらは良く傅いていられるな?」
「
「へぇ……。で、オメェさんはどうなんだよ? オメェさんも臣民だろう?」
宰相の言葉に仲治は肩を竦め、そしてリッテに問いかける。お前はどうなのだと言う問いかけは、思いのほか鋭くリッテを穿ったようだ。
「お、恐れながら、私の口からご政道に関して口を出すことは」
「そりゃ、オメェさんが女だからかい? それとも使用人だからかい?」
「貴族のみが
「そいつは矛盾してんな。まあ、オメェさんに言っても仕方ないけどよ」
政は臣民が行うと言っておきながら、貴族だけが政治を取り仕切る。なんとも、封建制まっただ中かと仲治はまた肩を竦めた。民主主義とやらが良いと信じている訳でもないが、もう少し柔軟でないと早々に国が亡ぶ。だが、そんな事は仲治には関係がない、使用人どもと適当に過ごしても良かった。……だが、どうせ余禄のような命だ、面白い事に使いたい。燃え立つような勝負に。
ならばと、仲治はフォークを掴んで極彩色の鶏肉グリルに似た料理に突き立てた。突然の行動に驚くリッテを尻目に、口に運んだその味はやはり鶏肉とは違った味わいであったが、十分に美味かった。
「お人が変わられた時には、料理を食べて頂くのも一苦労でしたが……」
「料理人が俺の為に作ったんだろう? そりゃ、食うよ。それに、食い物を残すなんてもったいなくて出来ねぇ」
誰かが自分の為に作ってくれた料理を粗末にできるはずがない。ましてや、ルソンでは食い物が無くてどれだけひもじい思いをしたか。そいつを思えば飯を残すことは仲治には考えられない。見知らぬ料理、されどとりあえずは魔王として生きて行くと腹に決めた仲治は、その手始めにここに出された朝食全てを平らげる事から始めた。
そして、全てを食い終わってからリッテを見やって言い放つ。
「宰相を呼んでくれ。俺が王様だってんなら、政にも一枚嚙めるんだろう?」
そう言って、口元を歪めてから、空になった皿へと視線を移して。
「それと、料理人に美味かった、ともな」
「は、はい、お伝えします、魔王様」
驚きながらも少しだけ喜色を露にしているリッテが皿を片付けるのを眺めながら仲治は、魔王となった意味を探し求め、思考を巡らせる。存外、ここの連中を助けるために神とやらが仲治を魔王にしたかも知れぬ、と。ならば、これから忙しくなるか。先日、縁側でのんだ煙草の味を思い出し、そいつが無いのが悔やまれると思いながらも、仲治は微かに笑みを浮かべていた。意味を見出した気がしたからだ。
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