第十三章第23話 グリーンカレー

 窓から見える川面には、舟がひっきりなしに行き来している。


 ある舟は様々な果物を、ある舟は色とりどりの布を、ある舟は檻に入った鶏をうずたかく積んでおり、あれでよく荷崩れしないものだと感心してしまう。


 先ほどまではそんな舟を見かけることはなかったので、きっとシーナさんが危なくないように手配してくれていたのだろう。


「聖女様、何か気になるものがございますか?」

「あ、いえ。あれほど積んでいてよく転覆しないものだと感心していました」


 するとシーナさんは苦笑いを浮かべる。


「本来であれば過積載なのでしょうが、言ったところで彼らは聞きませんので……」

「ああ、なるほど……」

「商人の性でござるな」

「はい。ですが事故を起こせば彼らは罰を受けます。それでもああしておりますので……」

「それは仕方ありませんね」


 きっと熟練の操船技術できっと事故を起こさないのだろう。


 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされ、扉が開くとお盆を持ったクルアさんが入ってきた。


「大変お待たせいたしました。グリーンカレーとなります」


 そうして出された器の中には緑白色のスープが入っており、なんとも芳醇な香りを漂わせている。具は鶏肉、赤パプリカ、キノコのようで、パクチーが添えられている。


「こちらはライスでございます」


 グリーンカレーと食べるための白米もセラポン・チキンライスと同様に長米種だ。


 それとどうやらルーちゃんの大食いはきちんとこのお店にも伝えられているようで、最初からルーちゃんの前には大きな器で四杯のグリーンカレーが用意されている。


「おかわりもございますので、お気軽にお申し付けください」

「わーいっ! ありがとうございますっ!」


 ルーちゃんは嬉しそうにクルアさんにお礼を言った。


「それじゃあ早速、いただきます」


 私はまず、グリーンカレーのスープを一口含んでみた。


 お! 甘い! ココナッツミルクの甘味が口いっぱいに広がり、ワンテンポ遅れて鶏肉と野菜の出汁のうま味と適度な塩味が広がる。そこから味はすぐにほどけ、複雑な味のハーモニーが……えっ!? 



 辛い! 辛い辛い辛い!


 これは一体どういうことだろう。さっきまではあんなに甘かったのに。


 私はすぐさまライスを口に含んだ。長米種特有の独特な香りと甘味が広がり、辛さが中和されていく。


 ううん、それにしてもまさか甘かったカレーが口の中で辛くなるとは驚きだ。だが、別に食べられないほど辛いというわけではない。むしろそうと分かっていれば食欲がわいてくる辛さとも言える。


「ふう。辛い……」

「お口に合いませんでしたか?」


 私が発した何気ない一言に、シーナさんは不安げに聞き返してきた。


「いえ、とても美味しいですよ。ただ、甘いのに辛いというのが不思議な感覚でした」

「そうでしたか。それは何よりです」


 シーナさんは安堵したような笑みを浮かべる。


 どうやら気をつかわせてしまったようだ。


 さて!


 私は気を取り直し、鶏肉をいただく。


 うん。これはジューシーだ。噛めばじゅわりと肉汁があふれてきて、グリーンカレーの複雑な味により一層の深みを与えてくれる。しかも肉の臭みがまったく感じ取れないところもまた素晴らしい。


 これはやはり、このマーケットで売られている新鮮な鶏を使っているおかげだろうか?


 続いて私はパプリカをいただく。緑白色のグリーンカレーに浮かぶこの鮮やかな赤いパプリカは、色のコントラストを見るだけでも食欲が湧いてくる。そのうえ絶妙な火加減のおかげでシャキッとした歯ごたえは残しつつもしっかりと火が通っており、その甘さが見事に引き出されているのだ。


 ううん。パプリカは箸休め程度に思っていたのだが……中々の名わき役だ。


 続いて私は白米とグリーンカレーを合わせていただく。


 うんうん。やっぱりカレーといえばご飯だよね。甘いのに辛いという不思議なグリーンカレーのスープとパラパラとした長米種特有の食感が合わさり、なんとも独特なハーモニーを奏でている。これはもしかすると、ゴールデンサン巫国のもちっとして甘いお米で食べるよりもこちらのほうが美味しいかもしれない。


 やはり地域の料理は地元の食材を活かすように進化したということなのだろう。


 続いて私はキノコをいただく。なんのキノコかはよく分からないが、中々にジューシーだ。と、ここで気付いたのだが、どうやらこのグリーンカレーにはあの魚醤も使われているようだ。そのコクと香りがわき役としてしっかりとグリーンカレーの味を引き立てている。


 やはりあの魚醤はアーユトールの人たちにとっての国民的調味料なのだろう。


 そんなことを考えつつも私はグリーンカレーを一口、また一口と食べ進めていき、気が付けばお皿は空になっていた。


 辛いものを食べたおかげで私の額には汗がにじんでいるのだが、なんとも爽快な気分だ。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えた私がちらりとルーちゃんのほうを見ると、ルーちゃんはすでに四杯目を平らげたところだった。


 あ、あの表情は……。


「おかわりっ」


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 次回更新は通常どおり、2023/08/01 (火) 19:00 を予定しております。

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