第十三章第22話 水上マーケット

 ルーウォンさんを安静にさせてあげた後、私は寺院のお坊さんたちにきちんと瘴気と魔物の関係を説明した。そして中庭に種を植え、寺院を出発した私たちは川沿いにある水上マーケットへとやってきた。


 アーユトールは川と水運を利用して発展した町だそうで、中でもこの水上マーケットはグリーンクラウド王国全体でも見てもかなりの取扱高を誇るらしい。もちろんその歴史も古く、なんと三百年以上続いているのだそうだ。


 そんな水上マーケットへとやってきたのにはもちろん理由がある。


 それはこの水上マーケットにあるというアーユトールで一番美味しいと評判のグリーンカレーの名店を訪問するためだ。


「聖女様、揺れますのでしっかりとおつかまりください」

「はい」


 シーナさんの案内で私たちは屋根のついた豪華な舟に乗り、穏やかな川を進んでいく。左右には様々なお店が軒を連ねており、河岸に建つお店もあれば桟橋の上で商品を売っているお店もあり、さらには舟の上で商品を売っているお店まである。


「このあたりは食品を主に取り扱っているエリアとなります。お召し上がりいただいた海産物もすべて川を使い、河口からここまで運ばれて参りました」

「だから海辺じゃないのにエビが新鮮だったんですね」

「おっしゃるとおりです」


 そんな会話をしつつ、私は周囲の商店で売られている商品を確認する。


 なるほど。食品を取り扱うエリアだけあって海産物の他にも様々な果物や穀物、さらには生きている鶏なんかも売られている。


 ただ、やたらと豪華な舟に乗っているからか、それともシーナさんの顔が知られているからか、やたらと周囲の人たちが私たちのほうをジロジロと見てきている。どうにも品定めをされているようでなんとなく居心地が悪い。


「なんだか、このあたりの人たちは私たちを見てくる視線が違いますね」

「申し訳ございません。ただ、彼らも客になりそうな者に声を掛けて商品を売らなければ生活が成り立たないのです」

「う……」


 そうか。彼らの生活の場にお邪魔しているのは私たちのほうなので、そう言われると申し訳ない気分になる。


「フィーネ殿は意外と視線を気にするのでござるな」

「え?」


 思いもよらないシズクさんの言葉に私は振り返る。


「おや? どうしたでござるか? このところずっと誰かに見られていたでござるよ?」

「「「「えっ?」」」」


 私たちとシーナさんが同時に声を上げた。


「おや? 誰も気付いていなかったでござるか?」

「シズク殿、いつごろからだ?」

「少なくともセラポンに着いたあたりからずっと見られていたでござるな」

「なんだと? どうして言わなかった?」


 クリスさんは険しい表情になるが、シズクさんは困り顔になった。


「なぜ、と言われても気付いていると思っていたからでござるよ。それに害意は一切感じなかったでござるからなぁ」

「なっ!? い、今はどうなっている?」

「今は見られていないでござるよ。べクックを出て以来、気配は感じないでござるな」

「なんという……」

「そもそも、注目されるのはいつものことでござろう?」

「それはそうだが……」

「だからいちいち気にしても仕方ないでござるよ」


 シズクさんはあっけらかんとしているが、クリスさんは難しい顔をしている。


 うーん、どうしよう? でもたしかに襲われるのでなければ別に問題はない気がするね。よし!


「クリスさん、今回は何もされてないですし、良しとしましょう」

「ですが……」

「シズクさんも、次からは何か気付いたら教えてくださいね」

「分かったでござる」

「クリスさんも、それでいいですね?」

「……かしこまりました」


 そう言ってクリスさんは渋々ながらも納得してくれた。


「あ、聖女様! 見えてきました。あちらのお店です」


 そう言ってシーナさんが指さした先には、クルア・スパイスと書かれた看板の掲げられたお店があった。


「スパイスのお店ですか?」

「はい。ですが予約客にのみカレーを提供していまして、特にグリーンカレーが美味しいと評判なのです」


 なるほど。つまり一見さんお断りということなのだろう。


「それは楽しみですね」


 そうしているうちに舟は接岸し、私たちは店内へと足を踏み入れた。店内には所狭しとスパイスが並べられており、様々なスパイスが混ざりあった独特な香りが漂っている。


 そんな店内を抜け、奥に進むとそこには小ぢんまりとした部屋があり、そこではじめて店員さんらしき人が近寄ってきた。


「シーナ様、ようこそお越しくださいました」

「出迎えご苦労様です。聖女様、この者は店主のクルアです」

「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです」

「えっ? せ、聖女様っ!?」


 クルアさんは一瞬固まったが、すぐに頭を下げてきた。


「店主のクルアでございます。本日はご来店いただき誠にありがとうございます」

「はい。よろしくお願いしますね」

「お任せください! 腕によりを掛けさせていただきます!」

「楽しみにしていますね」


 こうして私たちはクルア・スパイスでグリーンカレーをいただくこととなったのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/07/30 (日) 19:00 を予定しております。

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