第十二章第16話 密貿易の港町

 そのまま夜となり、私たちは紅竜飯店に併設されたレストランにやってきた。紅竜飯店とは棟続きになっているので、雨のときでも濡れる心配がないというのが素晴らしい。


 ちなみにこのレストランはこの港ではそこそこ高級な部類に入るようで、質素ながらも落ち着いた雰囲気だ。


「前菜はワタリガニの活き塩漬けです」


 運ばれてきたお皿にはぶつ切りにされたワタリガニが盛り付けられており、くすんだ黄色いカニみそと内子の鮮やかなオレンジ色、それから少しくすんだ半透明の身のコントラストがなんとも食欲をそそる。


 活き塩漬けなんて聞いたことがなかったが、これは珍味というやつだろうか?


 私はそのうちの一つを取ると口に運ぶ。


 ん! 甘い!?


 どういうことだろうか? 塩漬けにしているのにカニの身の甘さは損なわれておらず、どこか粘り気もある。さらにカニみそと内子のまるでとろけるようなコクと濃厚なうま味が口の中でミックスされる。


 これは美味しい。


「海瓜子の炒め物です」


 続いて運ばれて来たお皿には、まるでヒマワリの種のような小さな二枚貝がどっさりと盛り付けられていた。その上には青い小ネギがたっぷりと乗せられている。醤油炒めのようで、その香りがここまでしっかり漂ってくる。


 私はそれを小皿に取り分け、口に運ぶ。


 おや? これはなかなか……。


 ニンニクとネギの香りがしっかりと効いた甘めの醤油味だ。だがこの海瓜子というこのちいさな二枚貝が中々に美味しい。爪くらいの大きさしかないのにうま味がぎゅっと詰まっていて、噛み千切るとあふれ出るその汁が甘めの醤油味とよく合っている。


 ちょっと食べづらいのは難点だが、それでもお箸が止まらなくなる美味しさだ。


 そうして食べていると、次の料理が運ばれてきた。


「ムツゴロウと豆腐のスープです」


 え? ムツゴロウ!? ムツゴロウって食べられるの?


 思わず器を覗き込むと、少し黄色みがかったスープに豆腐と黒い小さな魚が浮いている。


 ……よく考えたら私はムツゴロウを見たことがないので、これが本物のムツゴロウなのかは分からないのだが。


 まあ、食べ物として出てきているのだから食べられるのだろう。


 そう考え、私はスープを口に運ぶ。


 うん。これは、出汁の良く出た薄い塩味の優しいスープだ。ショウガのおかげか臭みはまったくない。むしろ、乗せられたパクチーの香りが強すぎるくらいかもしれない。豆腐も出汁を良く吸っており、ムツゴロウのほろりと崩れる淡白な白身も中々だ。


 なかなか美味しいね。


「ワタリガニとフゥイポー風餅の炒め物です」


 おお、またワタリガニだ。きっとワタリガニがここの特産なのだろう。


 今度は火を通されているからか、殻の色は見慣れた真っ赤な色をしている。そこにかまぼこのように輪切りにされた白いお餅とニンジンとキャベツが彩りを添えている。


 これは見ているだけでも美味しそうだ。


 私はさっそくワタリガニをいただく。


 うん、しっかりと火の通ったワタリガニは前菜のものとは違ってほろりとその身が解け、うま味が口いっぱいに広がる。どうやら塩炒めのようで、ニンニクとショウガの香りはするがそれだけのシンプルな味付けだ。


 続いて私はお餅をいただく。


 お! これは!


 そこまで伸びるわけではないがもちもちした食感のお餅にカニみそや肉、そして殻から出たうま味が溶けだした塩味の炒め汁がしっかりと辛み、お餅の甘さと一体となって舌を楽しませてくれる。余計な味付けをしなくてもこれだけ美味しいということは、それほどまでに新鮮な食材が使われているということなのだろう。


 うん、素晴らしい!


「デザートは黒ゴマ餡の白玉団子です」


 デザートの白玉団子はスープの中に浮かべられており、何やら甘い香りが漂ってくる。


 私はさっそく白玉団子を口に運ぶ。


 お、これは、すごいもちもちしている。そんなもちもちの白玉の中からはトロリとゴマ餡があふれ出て、口いっぱいにゴマの香りが広がる。程よい甘さでスッキリしており、炒め物中心で油っこくなった口の中がさっぱりする。


 うん、これはいいね。デザートにぴったりだ。


 こうして私たちはシュアンユーでの夕食を終えたのだった。


◆◇◆


 食事を終え、部屋に戻ってきた私はふと疑問に思ったことをシズクさんに聞いてみる。


「シズクさん」

「なんでござるか?」

「あのアニキさんはどうしてあんなに何度も外に出ないように念を押してきたでしょうね?」

「え? ああ、それは……」


 おや? なんだか歯切れが悪いような?


 するとクリスさんがそっと耳打ちをしてきた。


「フィーネ様、それはここが密貿易の拠点だからです」

「え? 密貿易!?」

「フィーネ様!」

「声が大きいでござるよ」

「あ、はい。すみません」


 私は慌てて声のトーンを抑える。


「今は貿易船がほとんど止まっていて、ゴールデンサン巫国からの船はすべて入港できないでござる」

「そうですね」

「しかしここは密貿易の拠点でござる。そういう場所であればゴールデンサン巫国からの船もいる可能性があるでござるよ」

「なるほど。でもどうして外に出ちゃダメなんでしょう? 私たちは別にレッドスカイ帝国の人間ではありませんよ?」

「それでも見られたくないものを取り扱っている可能性もあるということでござるよ。拙者たちがレッドスカイ帝国に依頼されてここにいると思われればトラブルになりかねないでござるからな」

「え? でも見た目からして無関係じゃないですか?」

「……フィーネ様、だからこそです。物見遊山をしている外国人と思わせて油断をさせるという手もあります」

「なるほど」

「ですから、どこの組織のゲストなのか分かる状態でないと出歩くだけでトラブルになる可能性があるということです。我々が負けるとは思いませんが、今回の目的はあくまでゴールデンサン巫国へ行くことですので……」

「そうですね。わかりました」


 二人の説明に納得した私は観光を諦めるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2022/12/08 (木) 19:00 を予定しております。

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