第十二章第15話 シュアンユー

2022/12/05 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 その後、ナンハイの太守に挨拶して種を植えた私たちはシュアンユーという港町にやってきた。


 途中で立ち寄ったフゥイポーという町で聞いた話によると、ここシュアンユーでは様々な魚が水揚げされるそうだ。


 ……なんというか、思っていたよりも小さな港なような気がする。


「シズクさん?」

「ああ、ここは表のシュアンユーでござるよ。たくさんの島があるでござろう?」


 そう言ってシズクさんは目の前の海に浮かぶ島々を指さした。


「はい」

「本当の港はあの島の向こう側でござるよ」

「そうなんですね。それじゃあ行ってみましょうか」

「っ? 待つでござるよ」

「え?」


 海を渡ろうと歩きだすと、すぐにシズクさんに止められてしまった。


「え? じゃないでござるよ。何をするつもりでござるか?」

「何って、普通に歩いて渡ろうかと」

「……ん? ああ、そういうことでござるか。その方法はダメでござるよ」

「どうしてですか?」

「ああいう場所に部外者は立ち入れないでござるよ」

「はぁ」


 なるほど。たしかに勝手に押しかけたら仕事の邪魔になりそうだ。


「きちんと関係者に話を通すでござる。ええと……」


 シズクさんは港に停泊している船を見回し、それから建物を確認する。


「ああ、あったでござるよ。行くでござる」

「はい」


 よく分からないが、シズクさんに案内されるがまま一軒の建物の前へとやってきた。


「たのもー」


 シズクさんはそう言うと乱暴に扉を開けた。すると中には人相の悪い若い男性二人とラフな格好をした中年の男性二人が麻雀に興じていた。


「おっ!? なんだぁ? お前は?」

「拙者、ゴールデンサン巫国のシズク・ミエシロでござるよ」

「ゴールデンサン巫国だぁ?」


 麻雀の邪魔をされたからだろうか?


 若い男性のうちの一人が怒ってこちらにやってくる。


「シズク・ミエシロ……ひっ!? おい! やめろ!」


 中年の男性が慌てて立ち上がり、若い男性を慌てて止める。


「何するんすか、アニキ! こんな得体の知れない――」

「馬鹿野郎!」


 アニキさんが若い男性の顔面を思い切り殴った。


 ゴスッっと鈍い音がして、若い男性は思わずうずくまった。


「アニキ? 何を……?」

「ゴールデンサン巫国のシズク・ミエシロといえば、俺ら紅竜幇こうりゅうほうが昔総出で戦って負けた相手だ。しかも今は聖女の剣でルゥー・フェイ将軍にも勝った女だぞ?」

「えっ……」


 若い男性が絶句している。どうやらこの紅竜幇という人たちとシズクさんは何かあったようだ。


 そういえばシズクさん、元々武者修行の旅をしていたんだっけ。


「して、シズクさん。俺らに一体どんなご用でしょう?」

「ああ。拙者たちはゴールデンサン巫国に渡りたいでござるよ。船はないでござるか?」

「ゴールデンサン巫国に? ああ、そういうことですかい……」


 アニキさんはそう言ってしばらく考えたような素振りを見せる。


「へい。たしか船団が来てるはずですから、声かけてみやしょう。ところでそちらの方々はもしや……」

「そうでござるな」

「そっすか。ただ、俺らは何も見ていやせん」

「構わないでござる」

「分かりやした。ならすぐに本島行きの船を出しやしょう」

「かたじけない」


 なんだかよく分からない会話をしているが、私たちはこうして紅竜幇の皆さんの船に乗せてもらって本島へと渡ることになったのだった。


 あ、ちなみにあの殴られた人は治療してあげたよ。かわいそうだったからね。


◆◇◆


 本島の港は信じられないくらい広かった。本島は大きな入り江を持つ島なのだが、その入り江全体が港になっている。


 もしかするとナンハイの港よりも広いかもしれない。


 港はとても活気があり、露店もたくさん開いている。


 ただ少し気になるのは、ここの人たちは皆ちょっと人相が悪い。漁師は荒くれ者が多いという話を聞いたことがあるが、人相が悪いということはあまりない気がするのだが……。


 そのままアニキさんに案内され、港の見える一軒の建物のところにやってきた。看板には紅竜飯店と書かれている。


 ……飯店 ということは食堂だろうか?


「ここが紅竜幇が経営する宿です。最上階の一番いい部屋を用意しやすんで、なるべく外に出ねぇでくだせぇ。部外者が紛れ込んでるとトラブルになりやす」

「承知したでござるよ」


 するとアニキさんは頷き、建物の中に入った。私たちもそれに続く。


「おい。最上級のお客様だ。決して失礼のないようにもてなせ」

「っ!? へい! お客様、ご案内します」


 店番をしていた男性はそう言うと、紳士的な笑顔でそう言った。


「ああ、お代はいりやせん。ただ、くれぐれも皆さんだけで外に出ないようにお願いしやすよ。どうしても必要なら、この宿の者を同行させてくだせぇ」

「わかったでござる」

「ホント、お願いしやすよ」


 そう言い残し、アニキさんは建物から出ていった。


「さあ、お客様。どうぞこちらへ」


 こうして私たちは紅竜飯店というレストランのような名前の宿屋に泊まることになったのだった。


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次回更新は通常どおり、2022/12/06 (火) 19:00 を予定しております。


※中国語で飯店は20世紀前半の中国が国語で飯店=ホテルと決めたことから、ホテルという意味で使われていました。ただ、当の中国人にも紛らわしかったようで、徐々に飯店はレストランの意味で使われるようになってきているのだそうです。


 北京飯店のように歴史あるホテルを除き、最近は酒店などが使われるケースが多いそうです。 酒店は酒店で、お前は酒屋じゃないのか、と言いたくなりますが……。


 ちなみに本土から切り離された台湾では現在も飯店はホテルの意味で使われています。

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