第十一章第48話 秘薬の力

「そうか。やはりお前が聖女だな」


 フロランは冷たい目で私のことをじっと見つめてきた。


「フロラン! 聖女様になんて言う口の利きか――」


 フロランを叱ろうとしたドロテさんに覆面の男が一撃入れ、そのまま気絶させた。


「この女はもう一度処置をしておけ。今度こそ、二度と戻ってこられないように追放先も変えろ」


 覆面の男は無言のまま小さく頷いた。


「な! なんてことを! 自分の母親に手を上げるなんて!」

「母親? フ、やはり聖女というのはきれいごとばかりだな。貴様が来たせいで我々は辛酸を舐めさせられたのだというのに」

「……アミスタッド商会を潰されたことですか?」

「そうだ。外から来たくせに余計な横やりを入れやがって」

「……人を奴隷として売っていたくせに何を言っているんですか!」

「金を払えない奴が奴隷になるのだ。イヤならば金を払えばいいだけだ」

「……森で暮らしているエルフを誘拐したくせに、何を言ってるんですか!」

「ん? エルフ? ああ、そういえばそんなのもいたな。エルフは人間ではない。ならば何したって構わないだろう?」


 フロランは平然とそんなことを言ってのけた。


「こいつっ! お前がレイアを!」


 ついにこらえきれなくなったルーちゃんが怒りを露わにした。


「ん? なんだ、エルフがいるじゃないか。これはいい。前にいい値段で売れたからな。その金があればこの国を乗っ取ることだってできそうだ」

「なっ! レイアをどこにやった!」

「レイア? それはもしかしてエルフの名前か?」

「な、なんてことを!」


 あまりの言い草に私は思わずそう叫んだ。


「ん? 何を怒っているんだ? 動物を売るときに名前なんて確認するわけがないだろう?」

「こっ、こいつっ!」


 ルーちゃんは弓を構え、光の矢を番える。


「エルフをどこに売ったんだっ! 言えっ!」


 しかしフロランは相変わらず冷たい目で私たちを見ている。


「なるほど、お前は中々に戦闘能力が高そうだな。よし、いい値段で売れそうだ」

「誰がお前なんかにっ!」


 しかしフロランはもうルーちゃんとの会話には興味がないようで、今度は私に冷たい視線を向けてきた。


「……そういえば、聖女はエルフとの混血なんだったな。ならばエルフの一種でいいだろう」

「は?」


 こいつは、一体何を言っているのだろうか?


「おい、やれ」


 フロランが冷たくそう言い放った瞬間、背筋に冷たいものが走り私は反射的に結界を発動した。それとほぼ同時くらいに背後から鈍い音が聞こえてくる。


「え?」


 後ろを振り返ると、覆面の男が私から十センチほどの距離まで近づいていた。


「フィーネ様!」


 クリスさんが慌てて駆け寄ろうとするが、覆面の男が間に割って入ってきた。


「どけぇぇぇぇぇぇ!」


 クリスさんは聖剣を振るうが、その攻撃は軽くいなされている。


 シズクさんはフロランを仕留めるべく前に突っ込んだが、やはり覆面の男が間に割って入ってシズクさんの突撃を受け止めた。


 シズクさんはすさまじい連撃を放つが、それをナイフ一本で軽くいなしている。そんなシズクさんの背後から覆面の男が襲い掛かり、さらに左右からも覆面の男が襲い掛かってくる。


 え? 覆面の男、一体何人いるの?


 って! まずい! あれじゃあシズクさんが!


 私は結界を解除し、シズクさんを結界で包みこんだ。


 私の結界はシズクさんに迫っていた刃を全て受け止めたが、次の瞬間覆面の男は姿を消している。


 ダメだ。目で追いきれない!


「あっ!?」


 すると背後からルーちゃんの悲鳴が聞こえてきた。振り返ってみると、なんとルーちゃんが覆面の男に取り押さえられている。


「ルーちゃん!」

「おっと! 武器を捨てて投降しなさい。さもなくば、そのエルフの命はありませんよ」


 余裕たっぷりのフロランが慇懃無礼な口調でそう命令してきた。


「くっ……」


 一体、どうすれば……。


「どうした? いくら聖女といえど、失われた命は取り戻せないのだろう?」

「ひっ」


 ルーちゃんの首筋にナイフが当てられ、横に小さく引かれた。するとその部分から血がにじむ。


「たとえ聖女を守る聖騎士といえども、秘薬の力の前には無力なのですよ」

「秘薬? まさか町で襲ってきたのは!」

「ええ、そうです。といってもあちらは特性の麻薬とのカクテルですがね。我々フロランファミリーは秘薬で人間を超越する力を手に入れたのですよ」


 フロランは勝ち誇ったようにそう宣言した。


「さあ、聖女様。早く投降してください。そうでないと、手遅れになりますよ」


 フロランは慇懃無礼にそう言ってきた。


「ううっ。姉さま……」

「フィーネ様! く、くそっ! どけっ!」


 クリスさんは覆面の男一人に止められており、シズクさんは四人もの覆面の男と戦っておりとてもこちらにやってくる余裕はなさそうだ。


「やれやれ。貴重なエルフですが仕方ありませんね。おい、や――」

「待ってください。わかりました」


 私は結界を解き、両手を挙げた。


「フィーネ様!?」

「姉さま! ダメですっ!」

「フィーネ殿!」


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次回更新は通常どおり、2022/08/02 (火) 19:00 を予定しております。

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