第十一章第47話 アジト

 修道院を出た私たちは何人もの殺人鬼に襲われながらも、なんとかおかしな反応のあった場所にやってきた。


 この建物だけを見ればなんの変哲もない二階建ての集合住宅だが、この場所は明らかに周囲から浮いている。


 周りの建物は壁の一部がはがれ落ちているなどボロボロで、見るからに修繕が行き届いていないにもかかわらず、この集合住宅はそこそこキレイな状態を保っているのだ。


「ここでござるな」


 どうやらシズクさんはこの建物の中に異様な気配を感じているようで、かなり警戒した様子だ。


「フィーネ様、突入します」


 クリスさんが進み出ると、金属製の扉を聖剣で斬って四角い穴をあけた。


 分厚い金属の扉の残骸が転がり、ガラガラと大きな音を立てる。


 次の瞬間、クリスさんは聖剣を振った。鋭い金属音が周囲に鳴り響く。


「来たでござるよ!」


 シズクさんはそう叫ぶとキリナギを一閃した。すると再び鋭い金属音が鳴り響いた。


 え? シズクさんの攻撃を受けられる人間がいるってこと!?


「強いでござるよ! フィーネ殿! 結界を!」

「は、はい!」


 私は大急ぎで自分たちとドロテさんを守るように結界を張る。それとほぼ同時くらいに一人の覆面をした男が私に向かって剣を突き出してきた。


 鈍い音とともに男の突きは結界に防がれた。だがその強烈な一撃は結界に大きな衝撃を与えており、なんとほんのわずかではあるが私の結界はゆがんだのだ。


 その事実に私は衝撃を受けた。


 私の結界はあの炎龍王のブレスですら防いだのだ。まさかそれがこんなスラム街にいる人間の攻撃で歪むだなんて!


 続く攻撃が来るかと思いきや、男は結界の中の私たちをじろりと見ると無言で飛び退った。


 そしてそのまま建物の奥へとその姿を消す。


「逃げた……?」

「逃げたでござるな」

「フィーネ様、このまま突入するのは危険ではありませんか? 奴が最高戦力であるとは限りませんし、何より中の構造がわかりません。待ち伏せでもされてしまえば……」


 たしかにそれはそうだ。だが、あの反応の感じはイルミシティでのものとよく似ていた。もう一度同じことをしたとして、果たして同じように見つけられるだろうか?


「でもっ! ここにレイアの手掛かりが!」

「聖女様! どうか私を先頭にして進ませてください! 必ず説得しますから!」


 たしかに二人にとっては重要なことだろうから、ここで手掛かりを逃したくないという気持ちも分かる。


「シズクさんはどう思いますか?」

「……そうでござるな。拙者は進んでみてもいいと思うでござるよ。相当な手練れではござるが、倒せぬほどではござらん。結界の準備だけお願いするでござるよ」

「シズク殿!」


 そんなシズクさんにクリスさんが抗議する。


「クリス殿、虎穴に入らずんば虎子を得ず、でござるよ。フィーネ殿を危険から遠ざけたいという気持ちは分かるでござるが、逃げていては問題は解決しないでござる。それに先ほどの様子を見る限り、ドロテ殿がいればそうそう攻撃されないのではござらんか?」


 クリスさんはシズクさんの言葉に渋々頷いた。


「そうですね。じゃあ、進みましょう」


 こうして私たちは慎重に建物の中へと足を踏み入れたのだった。


◆◇◆


 建物の廊下を進んでいくと、開け放たれた扉に突き当たった。


 その扉の奥には集合住宅のようだった外見とは違い、まるでホールのような空間が広がっていた。


「ここは……?」

「フロランファミリーの集会場だ」


 奥のほうから二人の男が歩いてきた。一人は先ほど襲ってきた覆面の男で、もう一人はスーツを着た三十歳くらいの若い男だ。


「フロラン!」


 ドロテさんが鋭い叫び声を上げた。


「フロラン! もうおやめなさい!」


 ドロテさんはそう言って男たちのほうへと駆け寄っていった。


 だがどちらの男の目にも反応はない。ただただ冷たい目でドロテさんを見ている。


「フロラン! なんとか言いなさい!」


 ドロテさんはスーツ姿の男に向かって必死にそう呼びかけている。


 ということは、彼がドロテさんの息子なのだろう。


 だがフロランは冷たい目でドロテさんのことを見下ろしている。


「……どうやって隷属の呪印を逃れた?」

「そんなもの! 聖女様にお助けいただいたのです! さあ、フロラン! あなたもまだ遅くないわ! 罪を懺悔し、一緒に神様に祈りましょう!」


 しかしそんなドロテさんをフロランは冷たい目で見続けている。


「聖女様! どうか! どうかフロランをお許しください。必ず反省させますから! どうか命だけは!」


 身勝手な言い分なのは分かる。ルーちゃんの父親は殺され、妹は行方不明だ。他にも多くの被害者を生み出している。


 でも、いや、やはり息子を想う母親の気持ちというのは……。


「どうか! 私の命でよければ差し出します! ですからどうか! 息子の命だけは!」


 必死に懇願するドロテさんになんと答えたらいいのか分からない私はついクリスさんに質問をした。


「クリスさん、私が勝手に許すなんてこと、できるんですか?」


 しかしクリスさんは首を横に振った。


「いかに聖女と言えど、他国の法を捻じ曲げて良いわけではありません」

「そうですよね」


 当然と言えば当然のことだ。


 しかしそのやり取りを見ていたフロランはニヤリと不敵な笑みを浮かべたのだった。


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次回更新は通常どおり、2022/07/31 (日) 19:00 を予定しております。

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