第十一章第5話 大統領からの依頼

私たちはブルースター共和国の首都リルンにやってきた。道中では常に魔物に襲われ続けたため前回と比べてかなり時間がかかってしまい、ようやくの到着といったところだ。


 といっても、魔物に苦戦したというわけではない。


 一日に生み出せる種の数には制限があるため、最初のうちは魔物に襲われるたびに種を植えていたせいでスピードが上がらなかったのだ。


 途中からは種がかなり広範囲の瘴気を浄化してくれることを思い出し、道中では魔石を浄化するだけに留めることでスピードアップすることができた。


 とはいえそれでも魔物に襲われれば馬車を止めなければならないため、前回通ったときよりもゆっくりになってしまったのは言うまでもない。


 やはりエルマーさんの言っていたとおりで、この状況では都市間の輸送にかなりのコストがかかってしまっているのは間違いなさそうだ。


 それでも通った全ての町には種を植えてきたので、これからはある程度改善されるはずだ。


 もっとも通る予定のない町や村はまだまだ大変だろうけれど、かといって私たちは白銀の里へ行く途中なのでブルースター共和国を巡る旅をすることはできない。


 誰かに植えてもらえるようにお願いしたいのだが……。


 うーん、でも種があんな値段で売られているということを聞くに、商会にはお願いしないほうがいいかもしれない。


 となると教会だろうか?


 そんなことを考えつつもリルンの南門から中に入る。


 するとなんと、大統領夫妻が私たちを待ち構えていた。


 前回もそうだったが、私なんかのためにわざわざ出迎えるなんてしなくてもいいと思うのだけれど、大統領というのは意外と暇なのだろうか?


 そんなどうでもいい感想を抱いていると、大統領が大きな声で喋り始めた。


「聖女様! ブルースター共和国へようこそお越しくださいました!」


 それから大統領夫妻はブーンからのジャンピング土下座を決め、それに合わせて周りの警備兵たちも一斉にブーンからジャンピング土下座を決める。


 まさに一糸乱れぬとはこのことだろう。


 うん。大変すばらしかった。しかしそれだけに、大統領夫妻のジャンプのタイミングがほんのわずかにズレていたのが残念だ。


 だが、これなら9点をあげてもいいだろう。ぜひ次こそは10点満点を目指して頑張ってほしい。


 いつもどおりそんなことを考えているとはおくびにも出さず、皆さんを起こしてあげようとして思いとどまった。


 さすがに馬車の中からでは失礼な気がする。


 というか、せめて私が馬車から降りてから演技を始めてほしい。


 私は馬車から降りて皆さんを起こす。


「神の御心のままに」

「ああ! 聖女様! まさか馬車からお出まし賜るとは!」


 あ、あれ? こんなしきたりだったっけ?


「聖女様、外は冷えてしまいます。どうか馬車にお戻りください。迎賓館まで馬車を先導いたします」

「はぁ」


 よく分からないが、戻れと言われたので馬車に戻る。するとすぐに騎馬隊が私たちの馬車の周りを囲んだ。


「準備はよろしいでしょうか?」

「ああ」


 御者をしてくれているクリスさんが声をかけてきた人にそう答えると、騎馬隊が動き出した。それに従って私たちの馬車も動き出す。


 そんな私たちの馬車の後ろを大統領夫妻の乗った馬車がついてくる。


 ううん? どうなっているんだろうか?


◆◇◆


「聖女様! どうか我々をお助けください!」


 迎賓館に到着した私たちは早速大統領との会談に臨んだのだが、冒頭からいきなり大統領が懇願してきた。


「ええと?」

「どうか、種をお売りいただくことはできないでしょうか?」

「どういうことでしょうか?」


 もともと種は植えて回るつもりでいたし、無料であげるつもりなのだが……。


「聖女様が生み出されたという瘴気を浄化する種のことでございます」

「ああ、はい。それは分かります」

「我が国にも流通しているのですが、あまりにも高値がついてしまっております」

「はぁ」

「ですので、どうか民のためにも! 出せるだけのお金はご用意いたします」

「ええと、別にお金は要らないですよ? 種でお金儲けをする必要はありませんから」

「なんと! それはありがた……あ、いえ、そういうわけには参りません」

「え?」

「我が国は、ホワイトムーン王国とは異なり民主主義というものを採用しておるのです」

「はぁ」

「今の国家元首は大統領であるこの私ですが、来年には任期を満了し、選挙がございます」

「はぁ」


 何が言いたいのかさっぱりわからない。


「同様に国法の制定も選挙で選ばれた議員によって行われます」

「はぁ。それで、どうしてダメなんでしょうか?」

「ホワイトムーン王国出身の聖女様には馴染みのない考え方かもしれませんが、民主主義において政府は民間の商売を邪魔してはならないのです」

「はい?」


 そうなの? 初めて聞いたけれど?


「聖女様の種はすでに民間で流通する商品となっております。それを政府が無料でいただくようなことがあれば、高値で買った者の資産価値を政府が著しく毀損することになります」

「はぁ」


 もはや難しくて何を言っているのか分からない。


「ですので、商会に適切な価格でお売りいただきたいのです」

「ええと?」

「流通量が増えれば価格も安定することでしょう」


 ダメだ。何を言っているかさっぱりわからない。


「聖女様はハスラングループの会長であるアスラン・ハスランと懇意にされていると聞き及んでおります。ハスラングループにコンタクトを取っていただければ、すぐにでも流通が開始されるはずです。かのグループはこれだけ魔物が暴れ回っているにもかかわらず、全土への物資の輸送を引き受けてくれているのです。かならずや、全土に運んでくれることでしょう」

「はぁ」


 よく分からないけど、こういうのってたしか業者との癒着って言うんじゃなかったっけ?


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次回更新は通常どおり、2022/04/24(日)19:00 を予定しております。

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