第十章第33話 ゲルゼク首長国

 先遣隊の人が目を覚ましたとの報告を受けた私たちは、再び彼の病室を訪れた。


「せ、聖女様! この度は――」

「そのままベッドに寝ていてください。怪我は治りましたが体力は戻っていないはずですから」

「っ! はは。ありがとうございます」


 この状況でブーンからのジャンピング土下座を決められても困るだけだからね。


「カルロ。エイブラが壊滅したとのことだが、詳しい状況を教えてくれるか?」


 ランベルトさんが先遣隊の人に尋ねた。どうやらこの人はカルロさんという名前のようだ。


「ははっ! 我々が特使としてエイブラに到着し、大統領との面会を待っていたときのことでした。南の空より山のように巨大な赤い竜が飛んできたのです。それと共に大量の魔物どもが押し寄せ、エイブラを攻撃し始めたのです」

「竜、だと?」

「はい。竜は巨大な火の玉を吐き、一撃でエイブラの城壁は破壊されました。破壊された城壁では魔物どもが侵入は防げず、また竜の炎によって家々は焼かれました。我々は急ぎ脱出をしましたのでその後どうなったのかまではわかりません。ですがあの状況では間違いなく……」

「……よくぞ、生きて戻ってくれた。それがおそらく神託にあった『滅びをもたらす災厄』なのだろう」


 なるほど? 神託にあった古の炎っていうのは、竜が火を吹く的な話なのかな?


 あれ? うーん? 何か忘れているような?


「……その竜は南から来たと言ったでござるな?」

「え? は、はい」

「では、南にあるはずの町はどうなっているでござるか?」

「……そこまでは」


 あ! そうか! エイブラの南にはシャリクラとダルハという二つの町がある。


「とりあえず、行ってみるべきではござらんか? その竜が南からやってきたというのであれば、南に何か手掛かりが残っているかもしれないでござる」

「なっ! 聖女様をそのような危険な場所へは!」

「ならば拙者たちだけで行くでござるよ」

「そうですね」

「聖女様まで!? どうかお考え直しを! クリスティーナ殿!」

「すまない。私もフィーネ様やシズク殿と同じ考えだ。それにもしその竜が『滅びをもたらす災厄』なのであれば、我々をおいて他に止められる者はいないだろう。何しろ、勇者がまだ誕生していないのだからな」

「そんな! クリスティーナ殿まで……」


 ランベルトさんががっくりとうなだれる。


「じゃあ、決まりですね。食堂にいるルーちゃんにも知らせに行きましょう」

「はい!」


 こうして私たちはエイブラへと向かうことを決めたのだった。


◆◇◆


 ランベルトさんには散々反対されたものの、私たちが徒歩でも向かうと主張すると最終的には折れてくれた。そうしてこれまでどおりの体制でイエロープラネットの玄関口であるゲルゼクへと向けて出発した。


 国境線でサリメジとノヴァールブールからの護衛の兵士たちは撤退し、そこからは私たちとホワイトムーン王国の騎士たちのみでの旅路となった。


 そうしてそのまま三日ほどかけ、私たちはゲルゼクへと到着した。


 門で私が顔を出して名乗ると、久しぶりにあの地面にビタンのお祈りをされた。ホワイトムーン王国とイエロープラネット首長国連邦は私のせいで関係がぎくしゃくしているのでもう少しトラブルになるかと覚悟していたが、想像以上にあっさりと入国できてしまった。


 町の中はというと、特段変わった様子はない。以前訪れたイザールと同じような町並みが続いている。


 そうして私たちはなんの問題もなく、そのまま町の中心にある豪華なホテルへチェックインしたのだった。


◆◇◆


 私たちが部屋でくつろいでいると、このゲルゼクの首長さんなる人物が訪ねてきた。一連のビタンからの流れをやった後、私は彼との会談に臨む。


「聖女フィーネ・アルジェンタータ様。ようこそ我がゲルゼク首長国へとお越し下さいました。私は首長のガラムと申します」

「フィーネ・アルジェンタータです。こちらから順にクリスティーナ、シズク・ミエシロ、ルミアです」

「これはご丁寧にありがとうございます。神に感謝いたします」


 自己紹介をしたところで疑問に思ったことを率直に尋ねてみる。


「あの」

「なんでしょうか? 聖女様」

「ゲルゼク首長国、というのはなんでしょうか? イエロープラネット首長国連邦ではないのですか?」


 するとガラムさんはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情を浮かべる。


「はい。仰るとおりでございます。つい先日までここゲルゼクはイエロープラネット首長国連邦の一部でした。ですが、我々もエイブラの馬鹿者どもが聖女様に対して行った蛮行を許せないと感じておりました。そこで我々はエイブラに謝罪と賠償を求めたものの交渉がまとまらず、我々はゲルゼク首長国として独立する運びとなりました」

「はぁ」

「まだ承認されてはおりませんが、我々は世界聖女保護協定にも加盟するつもりでおります。エイブラの馬鹿者どものようなことはいたしませんので、どうかご安心ください」

「そうですか」


 そういえば王都を出発するときにそんなような計画があるという話は聞いていたが、まさか本当に独立してしまうとは。


 まあ、経済制裁されていたって聞いていたしね。住民の暮らしを守るには仕方のないことだったのかもしれない。


「ところでそのエイブラなのですが」

「はい」

「竜と魔物の大群に襲われて壊滅したという話を聞いたのですが……」

「壊滅、ですか? いえ、我々のところにはそのような情報は届いておりませんな。一体どこからそのような情報を?」

「ホワイトムーン王国の先遣隊の人からです」

「ああ、少し前にここを通った方々ですな。我々も彼らから聖女様がいらっしゃると聞けたおかげでこうしてスムーズにお迎えすることができました。はて? そういえば彼らはこのゲルゼクを通過していないはずですが……」

「エイブラが魔物たちによって襲われた日に、そのエイブラにいたそうです。そして命からがら、一人だけサリメジまで情報を伝えてくれました」

「なんと! ということはあの険しい道を踏破していったのですか。それはまた……」


 なるほど。どうやらここを通らずにエイブラへと通じる道があるらしい。


「ですが、そういうことでしたら事実なのかもしれませんな。ただ、我々としてはその話は初耳です。それに、仰るようなレベルで魔物の数が増えたというようなこともございません。エイブラが滅ぶほどのスタンピードであれば、こちらにその余波が来てもおかしくはなさそうですが……」


 なるほど。それはそうかもしれない。だが、カルロさんが命がけで運んでくれた情報が間違っているということも考えにくい。


「もしかすると、イザールに行けば何かわかるかもしれません。イザールも我々と同時にイエロープラネット首長国連邦からの独立を宣言しました。今はイザール首長国を名乗っております」

「わかりました。ありがとうございます」


 こうして私たちはイザールを目指すこととなったのだった。


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次回更新は通常どおり、2021/11/16 (火) 19:00 を予定しております。

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