第十章第7話 マドゥーラの夕べ

2021/12/13 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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「本日のアンティパストは、季節の野菜のテリーヌと生ハムでございます」


 運ばれてきた最初の一品は色々な野菜がゼリー状の何かで固められた料理だ。ミニトマトにヤングコーン、それからキュウリっぽい見た目だけど種のない何かに黄色いこれはパプリカだろうか?


 カラフルな見た目でとてもきれいだ。これをナイフとフォークで切り分けて食べる。


 小さく切り分けたそれを口に運ぶ。するとほどよい硬さで野菜をまとめていたゼリー状は口の中でとろけ、ゼリーに閉じ込められていた野菜と魚のうま味が口いっぱいに広がっていく。さらに野菜を噛めば歯ごたえと共に野菜の甘みと苦味、そして酸味が更なるハーモニーを奏でだす。しかもそれは噛んだ野菜の種類によって違った味となるため、一つの料理なのにいくつもの味が楽しめるというのも高ポイントだ。


 また、添えられているこの生ハムがとてもいい味を出している。やや塩味のきいた薄切りの生ハムが、テリーヌの奏でるハーモニーに絶妙なアクセントを加えてくれるのだ。本来は主役にもなりえそうな生ハムがこうして脇役に徹しているところもまた、この料理の素晴らしさと言えるのではないだろうか。


「本日のプリモ・ピアットは、子羊のラグーパスタでございます」


 二皿目はパスタだ。しかもスパゲッティのように細い麺ではなく、きしめんのような平たい麺が使われている。


「聖女様。そちらのタリアッテレ は我がクリエッリ産の最高級の小麦粉で作られております。また、ソースも子羊のひき肉を二日間煮込んで作ったものでございます。ぜひ、粉チーズをお好みの量振りかけてお召し上がりください」

「ありがとうございます」


 どうやら、このきしめんパスタはタリアッテレと言うらしい。この形なら歯ごたえもありそうだし、このミートソースと良く絡んでくれそうだ。


 私は言われたとおりに粉チーズを振りかけた。褐色に近い赤のソースの上に白が散らされ

、そのコントラストと鼻腔をくすぐるトマトとひき肉、チーズの複雑な香りが私に早く食べろと強く訴えかけてくる。


 その訴えに私は素直に従い、くるくるとフォークでパスタを巻きつけて口に運んだ。すると肉とトマト、そして玉ねぎのうま味が口いっぱいに広がっていく。ああ、しかも遅れてチーズの香りとコクがやってきたではないか!


 これは、文句なしに美味しい。肉に臭みは一切ないし、濃厚なソースがもちもちとした弾力感のあるパスタの歯ごたえと相まって最高の食べ応えを提供してくれている。


 残念ながら、ボリューミーすぎてあまり多くは食べられそうもないのが残念なところだ。


 そっとルーちゃんにあげようとしたところ、さっとやってきたメイドさんが済んだ私のお皿を下げてしまった。


 むむむ。残念。


「セコンド・ピアットは鯛の塩釜焼きでございます」


 次に運ばれてきたのは真っ白な塊だ。


 ええと? これは一体何事?


 そう思って見ていると、木槌を使って白い塊をガンガンと叩いていく。すると中からきれいに焼けた鯛が出てきた。


 えっ? 塩釜って、丸ごと塩で包んで焼いたの!?


 それはさすがに塩が強すぎるのではないだろうか?


 そんな心配をする私を尻目に、塩の中から取り出された魚が取り分けられていく。


「コントルノは季節の野菜とキノコのソテーでございます」


 そうして塩辛そうな魚と一緒にさっぱりしていそうな野菜とキノコが出てきた。


 なるほど。これはきっと、塩辛い魚と野菜を一緒に食べればちょうどいい塩梅になるということなのかもしれない。


 私は魚を小さく切って口に含む。ものすごい塩味が……と思っていたのだがそんなことはなかった。ほどよく塩がきいていて、むしろちょうどいいくらいかもしれない。白いごはんと合わせたら食が進む気がする。


 そんなちょうどいい塩味の魚に野菜とキノコのソテーがまた良く合う。こちらも薄味で、優しい味というのはこのことだろう。パスタの味が濃かったので、このシンプルに素材の味が楽しめるこの二品は素晴らしい。


「本日のドルチェは、イチゴのタルトでございます」


 どうやらこれで終わりのようだ。ルーちゃんは足りなかったんじゃないかな?


 そう思ってルーちゃんをちらりと見るが、不満そうな顔はしていない。


 あれれ? こんな量で足りたの?


 不思議ではあるものの、私の視線は目の前に置かれた赤い宝石ののったタルトに自然と吸い寄せられる。タルト生地の上にホイップクリームとイチゴがのっているというスタイルのようだ。


 小さく切り分けてあるそれを一口でいただく。すると濃厚だけれども甘さ控えめな生クリームと柔らかで甘い甘い完熟イチゴ、そしてザクザク感のあるタルト生地が一気に口の中でダンスを踊り始めた。


 シンプルなはずなのに、絶妙なバランスを保ったこのコラボレーションは本当に素晴らしい。イチゴの甘さと酸味、生クリームの濃さと甘さ、タルト生地の香りと甘さ、さらにその食感の全てが完璧なバランスに仕上がっていると言っても過言ではない。これほどうまくバランスが保たれていなければ、きっとこの三者はバラバラに主張をしていたに違いない。


 いやぁ、これは絶品だ。料理も素晴らしかったけど、このタルトも素晴らしい。


「聖女様。いかがでしたかな?」

「はい。とても美味しかったです。このままお弁当にして野営のときに食べたいくらいですね」

「野営……?」


 収納のことを知らないからかもしれないが、一瞬ジョエルさんが怪訝そうな顔をした。


「いえ、聖女様にそれほどまでお気に召していただけるとは光栄でございます。なにしろ、聖女様はフィーネ式ホワイトソースの発明者としても名高いですからな」


 うん? なんだっけ? って、ああ! マヨネーズのことか!


 もうこんなところまで広まっているなんて!


「ぜひとも、我がクリエッリにも何かを残していっていただきたいですなぁ」

「ええぇ」


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※タリアテッレ:細長いリボン状のパスタの一種で、厚さ1ミリメートル、幅は8ミリメートルほど。

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