第十章第6話 エルネソス侯爵

2021/09/18 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 私が生きて戻ってきたというニュースはあっという間に広まったようで、クリエッリの町は大急ぎでお祭りの準備をしている。


 聞くところによると、どうやらもともと半年前に私の帰国をお祝いするお祭りを準備してくれていたそうだ。それで、今回はその代わりという側面もあるらしい。


 そう聞かされると何やら申し訳ない気持ちになるし、せっかく準備してくれているというのだから私もきちんと聖女様役をこなそうと思う。


 それにここの人々は侵略を受けただけでなく、魔物の影にまで怯えているのだ。そんな人々が私を見て希望を持ってくれるなら、それはそれで瘴気の発生を抑える効果があるのではないだろうか?


 さて、私たちは今クリエッリを治めるジョエル・ド・エルネソス侯爵のお屋敷に招かれている。エルネソスという名前で気付いたかもしれないが、ジョエルさんはユーグさんの父親だ。


「聖女様。ご無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」

「ありがとうございます」

「それに、あの戦争で魔物にされた息子を解放していただいたともお聞きしております。ありがとうございました」

「あ……はい」


 それはそうだが、私はまだユーグさんを呼び戻す希望を捨てたわけではない。そのために【蘇生魔法】を取得したのだ。私の魔法に関係するであろうステータスはすでに普通の人間では到達しえないレベルになっている。魂さえ残っていてくれれば、きっと呼び戻すことができると期待しているのだ。


「その、今ブラックレインボー帝国に渡ることはできないですか?」


 唐突に聞いた私の質問に、ジョエルさんは申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ございません。今の海は魔物が凶暴化しており、とてもではありませんが外洋に出られるような状況ではありません。近海で漁をするのがやっとといったところなのですが、それもいつまで続けられるかわからない状況です」

「そうですか……」


 私の捜索隊も打ち切って戻ってきたくらいなのだから、やはり相当厳しいのだろう。それにまた船が沈められて漂流するのは避けたい。


「聖女様。そこまで息子のことを気に留めていただきありがとうございます。ですが、聖女様にそのように思っていただけるだけで十分でございます」

「ジョエルさん……」

「息子は騎士でした。騎士とは、誇りを胸に弱き民を守る者です。無理やり魔物へと変えられ、その誇りを汚されたままにされずに済んだことを息子も喜んでいると思います」

「……」


 そう、だろうか?


 ユーグさんはシャルのことをとても大切にしていたし、シャルだってユーグさんのことをとても大切にしていた。大切なシャルを一人残すことになり、ユーグさんはきっと心残りがあると思うのだ。


 だからとって、この状況ではとてもユーグさんの眠るあの場所に行くことはできない。ならば、まずはベルードのように何かしらの方法で海を渡れるようになるのが第一だろう。


 何をどうしたらいいのかはさっぱり思いつかないわけだが……。


「さ、聖女様。後ろ向きな話題はこれくらいにいたしましょう。本日は聖女様のため、とびきりのディナーをご用意いたしました。ささ、どうぞこちらへ」


 ジョエルさんにそう促されて席を立つと、そのままダイニングルームらしき広い部屋へと移動した。


 するとそこには真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルがあり、きれいにナプキンとお皿、カトラリーが並べられている。


「どうぞおかけください」

「ありがとうございます」


 そうして腰を掛けるとすぐにドリンクが運ばれてきた。


「聖女様。フィーネ式スパークリングワインと通常のスパークリングワインのどちらになさいますか?」

「っ!?」


 そうだった。そういえばそんな恥ずかしい名前で呼ばれているんだった。


「え、ええと、酒精を抜いたものでお願いします」

「かしこまりました」


 恥ずかしくて顔から火が出そうになっている私を尻目に、メイドさんはその仕事を淡々とこなしてくれた。明るいイエローゴールドの液体が複雑にカットされた豪華なワイングラスに注がれ、きめ細かな泡がグラスの中で踊りだす。絶え間なく立ちのぼる泡はやがて表面で泡となり、まるで真珠を連ねたかのような豪華さで目を楽しませてくれている。


「聖女様の無事のご帰還を祝して」


 ジョエルさんがそういってクラスを目線の高さに掲げた。


 あっと。これは私も何か言わなければいけない奴だ。


 ええと……。


「全ての皆さんが穏やかに過ごせることを願って」


 そして私もグラスを目線の高さに掲げ、視線を交わす。


「「乾杯」」


 これはシャルと行ったレストランでの思い出と同じやり方の乾杯だ。そんな感傷にひたりつつも、食事会はスタートしたのだった。

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