第九章第42話 空を駆ける聖女
私は海岸まで出てきたことをすぐに後悔した。なんとなく海沿いならば平らななのではないかと期待していたのだがそんなことはなく、起伏に富んだ地形が私の行く手を阻んでいる。
小さな川が流れているので単なる谷のような気もするし、岩が波によって削られたせいでこんなでこぼこした地形になったような気もする。だが私は地質の専門家ではないため詳しいことはよく分からない。
ただ一つ、アップダウンが激しくて歩いて進むには厳しいということだけはたしかだ。
妖精や蝙蝠になって飛んでいくのも良いが、さすがにこうも頻繁ではすぐに制限時間をオーバーしてしまうだろう。
やはり、ここはアイリスタウンで編み出した防壁を使った足場を利用することにしよう。
防壁を道にするというのはイエロープラネットで思いついたことだ。だがアイリスタウンで毎日崖を登り降りしていた結果、その使い方はより洗練されたものとなった。
「さあ、やりますか」
私は自分で自分に気合を入れるとピョンと軽くジャンプした。そして私の体が重力によって引き戻される直前に自分の足元へ防壁を設置する。
これで大体三メートルくらいの空中に立つことができた。
存在進化でステータスが大幅に低下しているとはいえ、数メートルくらいであれば簡単に飛び上がることができる。
あとは、これを繰り返せばあっという間に崖の上に登れるというわけだ。
こうして高さ十メートルほどの崖を四回ジャンプして登った私はそのまま前へと軽くジャンプするようにして走りだした。そして片方の後ろに残した足が結界から離れると今度は前の足の下に防壁を作り出す。
あとはリズムに乗ってタイミングよくこれを繰り返すだけだ。
必ず両足が防壁から離れている必要があるため、ぴょこぴょこと飛び跳ねる不思議な走り方になってしまうのが玉に瑕ではあるのだが……。
そんなことはさておき、私は気持ちよく空中を駆けていく。空を飛んでいるわけではないが、ほとんど空を飛んでいるようなものだろう。やはり景色の良い場所は気持ちがいい。
アイリスタウンからこれを使って旅立とうとはとても思わなかったが、こういった場所であれば話は別だ。疲れたらすぐに地上に降りて休憩できるのだし、間違って踏み外しても【妖精化】と【蝙蝠化】を使えば怪我もしないはずだ。
そんなこんなで小一時間走っていると少し疲れてきた。そろそろ休憩を取ることにしよう。
そう考えた私は一度地上に降りて腰を下ろした。そして収納の中からパンを取り出してひとかじりすると、見つけた元気の出る宝玉をぎゅっと握りしめる。
うん。ものすごい勢いで疲労が回復していく。
いやはや、本当に便利なものを見つけたものだ。
さて、そろそろ出発しよう。
そう思って立ち上がると、またもやゴブリンがこちらに向かって歩いてきた。
どうやら瘴気による衝動を抑えられない子たちはまだまだいるようだ。
私はその子たちを朝と同じように倒してやり、リーチェの力を借りて瘴気を浄化してあげた。
だがこうして私が瘴気を浄化したとしても、人間が邪な欲望を持ち続ける限り魔物は生まれ続けるのだろう。
ベルードは、聖女は人間の心を穏やかにすることが役割だと言っていた。
だが、私のような吸血鬼にそんなことができるのだろうか?
それに、もしできたとして瘴気はなくなるのだろうか?
その答えは間違いなく No なはずだ。どんなに平和な国でも悪い奴はいるのだ。
ならばどうすれば?
そう自問自答するが、そう簡単に答えが出てくるはずはない。
うん。それはそうだね。私なんかが思いつくくらいなら、きっともう誰かが思いついているはずだもの。
それなら、私一人考えるよりみんなで考えたほうがきっといい考えも浮かぶはずだ。
そのためにも、まずはクリスさんたちと合流しなくっちゃ。
そうして気を取り直した私は再び空へと駆け上がるのだった。
◆◇◆
三日間走り続けた結果、遠くに何かが見えてきた。
あれは……村、かな?
随分とボロボロではあるものの、村の中を人間が歩いているので廃村ではないはずだ。
おや? 何か様子がおかしいような?
私はその違和感の正体を探るべくじっと目を凝らす。
うーん? あれ? 北側に何やら人だかりができている。
ヨレヨレの服を着たおじさんたちが何かわめているようだ。
「っ!? ぼうへ、結界!」
突如妙な悪寒に襲われた私は慌てて結界を張った。危うく防壁を張りそうになったが、ギリギリのところで足場になっていることを思い出して結界を張ることができたのだ。
ガシン!
次の瞬間、私の結界が村のほうから飛んできた矢を弾いた。
んんん? これってもしかして?
私が村の北側を見ると懐かしい姿が目に飛び込んできた。
クリスさんとルーちゃんだ。だが二人の先にはオーガの集団がおり、二人に襲いかかっ……あ、倒れた。
シズクさんだ!
ああ、良かった。三人とも無事だった!
思わず涙ぐみそうになったが、まだ泣くのは早い。
村を守る三人を助けなければ!
私は村のほうへと駆け出すのだった。
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