第九章第41話 かわいそうな者たち
朝目が覚めると、私の結界の周りには緑色をした人型の魔物が群がっていた。
……ああ、そうか。これはゴブリンだ。
同じゴブリンだがこの子たちはヴェラと違ってかなり殺気だっており、結界を壊そうと手に持った木の棒で必死に叩いている。体格だってヴェラより二回り以上は大きい。
ああ、そうだ。本来の魔物はこうなんだった。きっと瘴気による衝動が抑えきれず、このようなことになってしまっているのだろう。
かわいそうに。
彼らを見た最初の感想はそれだ。
以前の私であればそんなことは思いもしなかっただろう。魔物たちは全て倒すべき敵で、殺すことに良心の呵責など抱きようもなかった。
だが、現実は違った。
魔物たちだって、本当は人を襲ったりしたいわけではなかったのだ。
「……私が、解放してあげます」
そうは言ったものの、さすがに殴り合う自信がない。
となると、いくつかレベルアップしたスキルがあるからまずはそれを試してみよう。もしそれでダメだったら、素手でなんとかすればいいだろう。
まずは【影操術】を使ってみよう。アーデは影を使って槍を作り、スイキョウを串刺しにしていたはずだ。
幸いなことにここは森の中だ。朝日に照らされて影はたくさんある。
影が変形して槍となることを想像して……えい!
私が影操術を発動すると黒い影が果物ナイフくらいの小さな槍となってゴブリンに襲い掛かる。
まあ、槍というにはいささか小さいかもしれないが……。
とはいえレベルが2となった影操術はレベルが1のときとは異なり、その影はあきらかな殺傷能力を持っていた。
黒い槍はゴブリンの表皮に突き刺さり、その体をしっかりと貫く。
「ゲギ……ギャギャ」
刺されたゴブリンはそのまま血を流して膝をついたが、それでも私のほうを睨み付けてきている。
その瞳は憎しみに染まっていて……。
ああ。きっと衝動が抑えられないのだろう。
私は影の槍、いや影の果物ナイフを作り出すとその首筋に突き立てた。
「ギ……」
うめき声を漏らしたゴブリンはそのままこと切れた。
他のゴブリンたちはというと、倒れた仲間には目もくれずにひたすら結界を叩いている。
次は【水属性魔法】を試してみる。スイキョウは水の矢を飛ばして攻撃していたのだから、私だって同じことができるはずだ。
私はあの時の水の矢をイメージすると、【水属性魔法】を発動する。
私の目の前に現れた水の矢は目の前に結界を叩いているゴブリンのうちの一匹に命中し、その頭部を吹き飛ばした。
頭部を失ったゴブリンはそのまま地面に崩れ落ちる。
なるほど。やはりレベルの差というものは思った以上に大きいようだ。レベル2の影操術はあのレベルだったが、レベルが3だとこの威力だ。
ということは、【影操術】もスキルレベルを上げればこのくらいの戦いはできるようになるのだろう。
であれば、積極的に【影操術】を使ってスキルレベルを上げておくのが良いかもしれない。
守ってくれるクリスさんたちといつ合流できるかわからないのだし、できることは多いに越したことはない。
ただ、無暗に苦しめるのはやはりかわいそうだ。
そこで私は【影操術】を使って影のロープを作り出し、相も変わらずに結界を壊そうと叩いているゴブリンたちを拘束した。
そうして動けなくなったゴブリンたちに水の矢を撃ち込み、無駄に苦しまないように一撃でその命を奪っていく。
次々と倒れていく仲間を見ているにもかかわらず、ゴブリンたちは結界を叩き続けている。
きっと、私を襲いたいという衝動が強すぎるのだろう。
ああ、かわいそうに……。
◆◇◆
それから三十分ほどが経過した。
あれほど執拗に結界へと襲い掛かっていたゴブリンたちは全て物言わぬ死体と化している。
「リーチェ」
私はリーチェを召喚して小さく頷いた。するとリーチェは空へと舞い上がり、私の魔力を使って美しい花びらの雨を降らせていく。
やがてゴブリンたちの死体を花びらが覆いつくすと、そっと種をほうった。
再びリーチェに魔力を渡すと花びらが光り輝き、やがてゴブリンの死体は魔石を残してきれいに消滅した。
うん。やはりこれが正しいやり方のようだ。
こうすることで瘴気はきっちりに浄化されたはずだ。その証拠に、残された魔石はいつぞやのものとは違ってくすみの無いきれいな色をしている。
私は魔石を回収すると、小さな芽の出ている種を地面にしっかりと植えてやる。
これでこの一帯に瘴気が漂ってきたとしても、この子がきっと浄化してくれることだろう。
「ふぅ」
私は大きく息を吐いた。
「それじゃあ、町を目指しましょうか。でも、どっちに行ったら良いんでしょうね」
え? 海沿いを歩けばそのうち町に着く?
「それもそうですね」
ええと、海は南側だから……西に行けばいいのかな?
東に行くと半島をぐるっと回ることになる気がする。
そう考えた私は一度海岸まで出るべく歩きだしたのだった。
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