第九章第33話 残されし者たち(5)
「これはひどいな」
空き家の中に入ったクリスティーナは開口一番、そう愚痴をこぼした。
家具が一つもないだけなく窓もことごとく割れており、まさに廃屋という言葉がぴったりだ。
「これでは野宿と大して変わらないでござるな」
困ったような表情を浮かべたシズクがそう呟いた。
「……森のほうがマシかもです」
先ほど村人に絡まれたのがショックだったのか、ルミアは怯えた様子でそう答えた。
「そうだな。この村の状況は想像以上にひどい。夜も見張りを立てておいたほうが良さそうだ」
「賛成でござるな」
そんな会話を交わしながらも三人は部屋を掃除していき、時間をかけて何とか寝られる程度に整えた。
「今日はもう遅い。この様子ではフィーネ様がこのあたりにいらしたということはないだろう」
「そうでござるな。フィーネ殿であればなんらかの施しを与えていることは間違いないでござろう」
「ああ。少なくとも食料の問題は解決しているはずだ」
「それにフィーネ殿のあの結界があれば魔物の問題も解決していたでござろうからな」
「ああ。お守りしているつもりだったが、我々のほうがどれだけフィーネ様に助けられていたことか……」
「身に染みたでござるよ」
フィーネ談義に花を咲かせる二人を尻目にルミアはぼそりと呟く。
「姉さま……」
寂しそうにため息をついたルミアに対し、シズクが声を優しくかける。
「ルミア殿。軽く魔物を蹴散らしたらまた東を目指すでござるよ」
「……東には何があるんですか?」
「地図に載るような村はここが最後だ。だがもしかすると地図にも載らないような集落があって、そこにフィーネ様がいらっしゃるかもしれない」
クリスティーナがシズクの代わりに答えた。
「そうですね。姉さま……」
ルミアは呟くと跪いて祈りを捧げる。
「神様。どうか姉さまを無事に帰してください」
そんなルミアの様子を二人はそっと見守るのだった。
◆◇◆
「やはり来たでござるか」
クリスティーナとルミアが寝ている間の見張りをしていたシズクはそう呟くとキリナギをその手に握った。
すると家の扉がギギギ、という軋んだ音と共に音を立ててゆっくりと開かれた。
「シズク殿」
「起きたでござるか。寝ていても大丈夫でござるよ」
「いや。ああもあからさまな敵意を向けられてはおちおち眠れん」
「そうでござるな。では片づけてくるゆえ、ルミア殿を頼むでござるよ」
「ああ」
そう言ってシズクが立ち上がったのと松明が家の中に差し入れられるのは同時だった。
「へへっ。久しぶりの女ごふっ!?」
素早く距離を詰めたシズクが松明を奪いとると下卑た笑いを浮かべていた男の顎をキリナギの柄で軽く打ち抜いた。
一撃で気を失った男がその場に昏倒し、その男に続こうとしていた男たちはその様子を呆然と見送る。
「このような時間に女の家に押し入るとは、どういった了見でござるか?」
「なっ!? く、くそっ。逃げろ!」
男たちは倒れた男を置いて一目散に逃げ出していく。
「はあ。どうしようもないでござるな」
そう呟いたシズクは松明を道に置くと玄関で伸びている男をその脇に放り投げた。
「う、く……」
男は投げ捨てられた痛みからか苦しそうにうめき声を上げる。
それから数分で男は意識を取り戻した。
「あ? お、俺は……たしか女をヤレると思って……」
「おい!」
シズクは男の首筋にキリナギの刃をピタリと当てた。
「次は、この首が地面に転がることになるでござるよ」
「ヒッ」
情けない声を上げた男の股間に染みが広がっていく。
その様子に眉をひそめたシズクは首筋に当てていたキリナギを引っ込めると回れ右をして家の中へと戻っていく。
「ヒィィィィィィ」
男はそう情けない叫び声をあげると脱兎のごとく走り去っていったのだった。
◆◇◆
「やはり乱暴目的だったようでござるよ」
室内で待っていたクリスティーナに対してシズクは平然とした様子でそう告げた。クリスティーナの隣ではルミアが毛布に包まって穏やかな寝息を立てている。
「やはりそうだったか。私のことを騎士と分かっていながら、あのような愚かな行為に出るとはな」
「きっと、彼らはもう捨鉢になっているのでござろうな」
「ああ。だが……やりきれんな」
「貧しい村ではよくあることでござるよ。拙者も一人旅をしていた頃はそういった経験をしたでござるな。泊めてもらった村が盗賊の村だったこともあったでござるよ」
「それは、壮絶な経験だな」
「もちろん、盗賊全員切り伏せてやったでござるよ。盗賊討伐の報酬ももらえて一石二鳥だったでござるな」
シズクはあっけらかんとそう言った。
「それはそうだろうが……この国を守る騎士として生きてきた身としてはな。民からこのような仕打ちを受けるのは辛いものだ」
「気にしても仕方がないでござるよ。今はどこに行っても暴れる魔物だらけでござるからな」
「実はもう魔王が現れていて、人類を滅ぼすための戦争を仕掛けてきたと言われても疑問には思わんな。まあ、魔王警報はまだ準警報の状況だが……」
「だとすると、そろそろレベルが一段階上がるのかもしれないでござるな」
「ああ。そうなれば一度落ち着くはずだ」
「だと良いでござるがな」
「過去の記録はすべてそうなっているな」
「……知識としては知っているでござるが、腑に落ちないでござるな」
「どういうことだ?」
「魔王は、人間を滅ぼしたいんでござるよな?」
「ああ」
「であれば、魔王はなぜすぐに攻めてこないのでござろうな?」
「魔王は軍団を整えていると聞くが……」
「本当にそうなのでござるか? もし拙者が人間を滅ぼしたいのなら、準備をする時間を与えることなく弱いところから攻め落とすでござるよ」
「……それが今なのではないか?」
「準警報の時点では魔王は現れていないはずでござるよ?」
「それは……」
クリスティーナは言葉に詰まって黙り込んでしまった。
「拙者たちは、何か重大な勘違いをしている気がするでござるよ」
そう言ったシズクの顔を、クリスティーナは無言のまま真剣な表情でじっと見つめていたのだった。
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