第九章第8話 漂流の果てに

 どれくらい漂流していたのだろうか? もう日数を数えてすらいない。


 食べ物は大量に収納に入っているので当面の間は困らないし、水だって水属性魔法で出せるので何の問題もない。


 結界のおかげで揺れはするものの海水が入ってくることもなければ雨に濡れることもない。しかも存在進化したおかげか、はたまた【魔力操作】のレベルが上がったおかげかは分からないが寝ている間も結界が維持されているのだ。


 ローブがあるので急な気温の変化でも困らないし、なぜかはわからないが吸血衝動も起こらない。そのうえ太陽が出ていれば日光浴はし放題だ。


 これはこれで良い生活ではあるのだが、とにかく暇だ。暇で暇で仕方がない。


 最初のうちは収納に入れておいた石に浄化魔法を付与してはポイポイと投げ捨てるといういつものことをしていたのだが、その石も数日で無くなってしまった。


 それからは海水を汲み、薬効付与で浄化魔法を付与しては海に流すということをして暇を潰しをしてみた。


 しかしそればかりやっていてもさすがに飽きてしまうので、最近はリーチェを呼んで話し相手になってもらっている。


「はあ。暇ですね。リーチェ」


 私がそう愚痴をこぼすとリーチェは私をいい子いい子と撫でてくれる。リーチェは言葉を話せるわけではないが、リーチェは私の言ったことを理解しているのでこうして反応を貰えるのは本当にありがたい。それに最近は気のせいではないレベルでリーチェの言いたいことが分かるようになってきたのだ。


 おかげで何とか寂しさを紛らわせているが、もしリーチェがいてくれなければきっと私は寂しすぎて死んでしまっていたかもしれない。


 まあ、私はウサギじゃないけどね。


「みんなは無事ですかねぇ」


 え? きっと無事?


「そうですね。きっと無事ですよね。それにしてもあの巨大ザメは一体どこから来たんでしょうね?」


 ええと? きっと悪い魔物?


「そうですね。きっと悪い魔物ですよね」


 瘴気を今日も浄化しよう?


「そうですね。それじゃあリーチェ、今日も種を流しましょう」


 そして私はリーチェにたっぷりと魔力を渡すと種を出してもらい、それを適当に海に投げ入れる。


 この種がどこに行くのかは分からないが、瘴気を浄化して育つ植物なのだから世の中にとって悪いことは無いだろう。


 たぶんね。


 こうして私は今日も波に揺られて大海原を漂うのだった。


◆◇◆


 それからしばらくの間漂流し続けた。いまだに陸地は見えない。


 このところ少しずつ気温が下がってきているのだが、一体私はどこに流されているのだろうか?


 と、そんなことを思っていると遠くに陸地が見えてきたではないか!


「あっ! あれは!」


 私は立ち上がって目を凝らし、その様子を確認してみる。


 うん。崖だ。


 海の中からそびえ立つような崖がそそり立っている。


 その幅はどのくらいだろうか?


 もしかしたら 2 ~ 3 キロくらいはあるのかもしれない。だがその左右は海だ。


 もしここが絶海の孤島なのだとしたら、上陸してしまえばあとはサバイバルをしながらゆっくりと救助が来るのを待つしかないだろう。


 いや、だが今の状況だってただ漂流しているだけだから似たようなものだろう。それに収納に入っている食べ物がなくなるまでに人のいる場所へと漂着できるとも限らない。


 であれば、緑も見えるあの陸地に上陸したほうがまだ希望があるのではないだろうか?


 いや、でも……。


 私が迷っていると私を乗せた木の板はゆっくりとその陸地から遠ざかり始めた。


 ええい! 女は度胸! あとはきっと【幸運】が何とかしてくれるはず!


 そう考えた私は崖を目掛けて思い切り防壁を伸ばした。


 するとなぜか想定していたよりも魔力を使わず、あっさりと防壁をその崖まで届かせることができてしまった。


「あ、あれ? どうしてこんなに簡単に?」


 イエロープラネットで船まで伸ばしたときは結構気合を入れて作ったはずなのだが……。


「あっ。早く乗らないと」


 ゆっくりと防壁から遠ざかり始めたので私は慌てて防壁の上に飛び乗った。


 かなり長い間お世話になった木の板が海流に流されてゆっくりと遠ざかっていき、その光景に私は一抹の寂しさを覚える。


 どうやらずっと乗っていたので愛着が湧いてしまったらしい。


 ただの船の残骸なのにね。


 私は一つ大きく息をつくと、不要になった結界を解除した。すると波にのまれた板はすぐに海水を被り、波間へと消えていった。


 ここまで乗せてくれてありがとう。


 心の中でそう感謝した私は、陸地へと向かってゆっくりと歩き始めたのだった。

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