第八章最終話 出航
私たちはホワイトムーン王国へ戻るため、ベレナンデウアの町へとやってきた。この町には一度浄化作業で来たことがあるので、実は今回で二度目の訪問だったりする。
ここベレナンデウアはホワイトムーン王国との貿易の玄関口になっているだけのことはあり、とても大きな港町だ。
そして港町だけあって魚介類が美味しく、特に魚介のマリネが絶品なのだ。というわけで、私たちはブラックレインボー帝国のラストランチとして絶品マリネを提供してくれるお店へと向かった。
「あっ! 聖女様! ようこそ!」
女将さんが私たちのことを覚えていてくれたようで、私たちの席までやってきてくれた。
「お久しぶりです。前に食べたベレナンデウア風魚介のマリネをお願いします」
「まぁっ。お気に召して頂けて何よりです。ルミア様は多めでしたね」
「はいっ!」
ルーちゃんの食べる量まで覚えていてくれるなんて!
私たちが目立っていたということもあるだろうが、それでもこうして覚えてもらえているというのは嬉しいものだ。
それからしばらく待っていると魚介のマリネが運ばれてきた。
スライスした玉ねぎと何かの葉物野菜の他トマトなどの野菜がこれでもかと盛られており、その上に白身魚が盛り付けられている。
マリネ液はレモンやライム、塩にハーブと唐辛子を混ぜ合わせとベレナンデウア風で、素材を見極めて漬け込む時間を変えているのだそうだ。
そういった細かいところはよく分からないが、一つだけ確かなことがある。
それはこのマリネがとても美味しいということだ。
「おいしーですっ」
ルーちゃんはいつも通りのリアクションで美味しそうにパクパクと食べていく。ちなみにルーちゃんのお皿にはクリスさんたちの倍、私の三~四倍ほどの量が盛り付けられている。
私が小食だということもちゃんと覚えていてくれたらしい。
ルーちゃんに続いて私もマリネを口に運ぶ。すると一番に柑橘系の香りと酸っぱさが口の中に広がり、続いてハーブの香りと唐辛子の辛みが口の中を整えてくれる。白身魚の切り身を噛めば食感と味が口の中にじんわりと広がり、それを塩がきゅっと締めてバランスをとってくれている。
うん。やっぱり美味しい。
私はもう一枚の切り身を口に運ぶ。
「あ」
「どうされました?」
「小骨が口の中に刺さっちゃいました」
私は小骨を吐き出すとナプキンに包んだ。
「これが魚難の相だったのかもしれませんね」
「そうかもしれないでござるな」
「おーっ。やっぱりサラさんの占いって当たりますねっ」
「……だと良いのですが」
クリスさんだけ微妙な表情を浮かべている。
まあ、鳥難の相は割とひどかったもんね。
こうして私たちは魚介のマリネを堪能すると店を後にしたのだった。
うん。ブラックレインボー帝国はご飯も美味しいし、また来たいね。
だが、お店を出たところで事件が起こった。
バキ、と何かが折れるような音がしたかと思うとルーちゃんが突然「あっ!」と叫び声を上げたのだ。
「どうしましたか?」
「姉さまに買ってもらった弓がっ!」
「ああ……」
ルーちゃんの手は折れた弓がある。
ああ、なるほど。
あれはたしかクラウブレッツで狩猟祭りへ出場するために買った弓だったはずだ。乱暴に扱っていた様子もないし、もう何年も使っていたのできっと寿命だったのだろう。
「姉さまに買ってもらった思い出の弓だったのにぃ」
だが割り切れないのか、ルーちゃんは涙目になっている。
ルーちゃんは大事に使ってくれていたように見えたが、あの弓は何度となく戦いの場で使われているのだ。
こればかりは仕方がないだろう。
「まぁまぁ。新しい弓を買いましょう。この辺りにも弓を売っているお店はあるんじゃないですか?」
「うぅ」
「ほら。ちょっと武器屋さんに行ってみましょう」
こうして私たちは通りを歩いていて見つけた武器屋にふらりと立ち寄るのだった。
◆◇◆
「……らっしゃい……聖女様!?」
ぶっきらぼうにそう言った店主のおじさんが私たちに気付き、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開けてこちらを見ている。
「はい。弓は扱っていますか?」
「へっへいっ! もちろんでございやす! ベレナンデウアで弓と言えばうちですから」
店主は大慌てでカウンターから飛び出してくれると案内してくれる。
なるほど。どうやらこの店は弓の品ぞろえもかなり豊富なようで、店の奥の一角が弓のコーナーになっていた。
「ん-」
ルーちゃんは一つ一つをじっくり眺め、そして時には手に取ってしなりなどを確かめている。
「あんまり良さそうなのがないです……」
しょんぼりした様子でルーちゃんがそう呟いた。
「あ、あ、あ、え、ええとですね。まだまだ倉庫の方には弓の在庫がございやすので、そちらも見てってくだせえ」
「どうしますか?」
「はい。見てみます」
そうして店主のおじさんに案内されて私たちは奥の倉庫へとやってきた。
なるほど。確かに売り場のコーナーよりもたくさんの弓が並べられている。
そんな弓をルーちゃんはまた一つ一つ丁寧に確認していき、そしてそれらを全て棚に戻していく。
どうやらあのクラウブレッツで買った弓は相当優れモノだったようだ。
そうしてルーちゃんが見て回っていると、倉庫の隅の方に転がっていた色あせたボロボロの黒い弓を手に取った。
弦も張っていないのですぐに使うことはできなそうだが……。
「あの、これって?」
「あ! それはですね。うちの廃屋に転がっていた奴でして売り物では……」
「試してみてもいいですか?」
「え? それをですかい? まあ、構いやせんが……」
ルーちゃんは懐から新しい弦を取り出すとその弓にテキパキと張っていく。そしてしなりを確かめ、ニッコリと微笑んだ。
「これ、引きやすそうですっ! これが良いですっ」
「ええっ? それがですかい? しなりは悪くて引きも重いですし、ただのガラクタだと思っていたんですがねぇ……」
「あの、おいくらでしょうか?」
「うーん。じゃあ、銀貨 1 枚で」
「そんな安くていいんですか?」
「まあ、廃屋に転がってたガラクタですからねぇ」
「わかりました」
わたしは銀貨 1 枚を支払うと弓を受け取ってお店を出た。
「姉さまっ! ありがとうございますっ!」
「ええ。どういたしまして。そんなに良かったんですか?」
「そうなんです。何だかこう、特別な感じがして」
「へえ。ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「もちろんですっ!」
私はルーちゃんから買ったばかりの弓を受け取った。
うーん? 何か特別な感じはしないね。何の変哲もないただの古い弓に見えるけど。
ルーちゃんが気に入っているのだからとりあえずはこれで良いだろう。
それにもし本当にガラクタだったとしてもホワイトムーン王国に戻ったらオーダーメイドで仕立てて貰えばいいだけの話しだ。クラウブレッツに行ってまた同じ弓を買うということもできるしね。
時間はまだまだたっぷりあるのだ。
「ありがとうございました」
「はい! 大事に使います!」
私から弓を受け取ったルーちゃんは嬉しそうにそう言ってくれたのだった。
こうして思いがけないお土産を手に入れた私たちは、迎えに来ていたホワイトムーン王国の船に乗り込んだ。
港には私たちの見送りに来てくれていたと思われる大勢の市民の皆さんが手を大きく振ってくれている。
その中には何とあのイドリス君の親子の姿もあった。
ああ、良かった。あの親子もちゃんとブラックレインボー帝国の大地を踏むことができたようだ。
その様子を見た私は胸にこみ上げてくるものがあるを感じる。
「フィーネ様。良かったですね」
「はい」
そんな私の様子に気付いたのか、クリスさんはそう声をかけてくれると肩をそっと抱き寄せてくれたのだった。
やがて船は港を離れ、大海原へと漕ぎだした。
ベレナンデウアの港が、そしてブラックレインボーの大地が徐々に小さくなっていく。
海を渡る風がそっと私の髪を撫でてきた。
ああ、ブラックレインボーでは本当に色々なことがあったな。
嬉しいこともあったけれど、辛いことや悲しいことのほうが圧倒的に多かったかもしれない。
アルフォンソは言っていた。
瘴気は人間の歪んだ欲望から生み出され、その瘴気が魔物となって人間を襲っているのだと。
そんなことは知らなかった。
でも、私たちがやったことは間違ってはいないと信じている。
現に、こうしてイエロープラネットで虐げられていたルマ人たちが笑顔で暮らしていけるようになったのだ。
人々が笑顔になれば、きっと瘴気だって乗り越えられる。
根拠なんてない。何となくだけれど、そんな気がするのだ。
だからホワイトムーン王国に戻ったらまずは……。
うん。やっぱりまずはシャルに会いに行こう。
そんなことを考えた私の髪を、再び風が優しく撫でる。
ふと顔を上げると波間に反射する太陽の光がキラキラと輝いており、ブラックレインボーの大地は水平線の彼方に沈もうとしていたのだった。
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