第八章第35話 クリス vs. ユーグ

2021/04/18 誤字を修正しました

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私は恐らく届かないであろう名乗りを上げるとユーグへと近づいた。そんな私に対してユーグは私を踏みつぶそうとする単調な攻撃を繰り返してくる。


私は冷静にそれを躱し、軸足となっている左足の後ろにあるアキレス腱を狙って白銀の聖女に捧げしエターナル・フォース永遠なる浄化の剣・セント・ホワイトを叩き込んでいく。


というのも、巨人の魔物となったユーグの体があまりに大きすぎるため、攻撃しようにもジャンプしなければくるぶしより上には剣が届かないのだ。


だが、ジャンプしている間に攻撃されてはそれを避けることなどできないだろう。


であれば、足の急所を狙って地面に倒すしかない。


私の剣はユーグの全身に纏わりつく黒いオーラを切り裂き、そしてユーグの硬い皮膚に僅かな傷をつける。


「神よ! この世ならざる穢れを払いたまえ。浄化!」


私が弱いながらも浄化魔法を発動すると浄化の光がその傷口をわずかに焼いた。


「グガァァァァァァァ」


浄化の光で焼かれると痛みがあるのだろうか?


ユーグは咆哮を上げると再び私を踏みつぶそうと足を振り下ろしてきた。


何の技もなく、一切の意図も感じられないその攻撃を私は容易く回避する。


こんなものがあのユーグの成れの果てだというのか?


私とユーグは同時期に聖剣から選ばれ、聖騎士のライバルとして切磋琢磨していた。


そのときのユーグは華麗な剣技とパワーに加え、駆け引きにも優れた一流の騎士だった。


そのすべてが失われ、成れの果てがこれだというのか?


フィーネ様にお会いする前のことではあるが、そのことを思うと私は悔しさに胸が張り裂けそうになる。


「ガァァァァァァァ!」


中々踏みつぶせないことに癇癪かんしゃくを起こしたのか、ユーグは屈むと両手で私の事を叩き潰そうとしてきた。


凄まじいパワーで振るわれる攻撃にも技は何一つない。私はひらりとそれを躱すと視界から逃れるように足の後ろ側へと回りこむと先ほど私が傷をつけた場所にもう一度白銀の聖女に捧げしエターナル・フォース永遠なる浄化の剣・セント・ホワイトを叩き込み、さらにその傷口を浄化魔法で焼く。


「グガァァァァァァァ! ガァッ! ガァッ!」


そしてまた癇癪を起こしたらしいユーグは適当な、しかし一撃当たれば即死するであろう攻撃を繰り出してきた。


私は再びそれを躱して同じ場所に同じ攻撃を加え、その傷口が少しずつ広がっていく。


同じことを何度となく繰り返し、ユーグの左足の踵の後ろについた傷がかなり大きくなった。


だがあと一撃で、と思ったところに予想外の攻撃が飛んできた。


私が同じ場所を攻撃してくると学習したのか、ユーグは尻尾を適当に傷口あたりに振るってきたのだ。


私はその攻撃を何とか剣でガードしたもののまともに食らってしまい、大きく弾き飛ばされてしまった。


「く、まだだ……」


大丈夫。ダメージはあるがまだ動ける!


私は剣を杖代わりに何とか立ち上がるとユーグの方を睨み付ける。


しかしユーグはすでに私など眼中にないようで、アルフォンソに命じられたとおりシャルロット様のところへと歩を進めている。


「ガァァァァァァァ」


そして咆哮を上げるとシャルロット様を踏みつぶそうと右足を高く上げ、そして振り下ろされた。


ドシンという音と共にユーグの右足が地面に衝撃を与え、もうもうと土煙が舞い上がる。


「シャルロット様!」


私が思わず叫んだのとほぼ同時にエミリエンヌ殿の声が聞こえてくる。


「お嬢様!」


なるほど。どうやら彼女がシャルロット様を抱えて逃してくれたようだ。


その隙をついてリシャール殿が私のつけた傷に剣を叩き込み、私のものとは比べ物にならないほど強力なフィーネ様の付与された浄化魔法が発動した。


眩い光がユーグを包み込んだが、それでもユーグは黒兵とは違って塵にはならなかった。


「馬鹿な! フィーネ様の浄化魔法でも浄化しきれないとは!」


しかしそんなユーグの状況を見るシャルロット様はいまだに現実を受け入れられていない様子だ。


「あ、あ、ユーグ、さま……」

「しっかりなさってください! あれがユーグ殿だとして、ユーグ殿に愛するシャルロット様を手にかけさせるおつもりですか?」

「あ……」

「このままではフィーネ様もいずれ、倒れてしまわれるかもしれません! 聖女シャルロット様は愛する男性とお友達を見捨てるようおなお方なのですか!」


そしてパシーン、という乾いた音が聞こえてきた。


「あ、エミリ……エンヌ……」

「お叱りは如何様にも。まずはユーグ殿を救って差し上げることが優先ではありませんか?」

「……そう、ですわね」


シャルロット様がそう言った次の瞬間、リシャール殿がユーグに尻尾を叩きつけられて大きく弾き飛ばされた。


「リシャール殿!」


十メートルほど吹き飛ばされたリシャール殿は地面に倒れて動かなくなってしまう。


「くっ。早くユーグを止めなければ」

「わたくしも……戦いますわ……」


シャルロット様が悲壮な決意をそう吐露する。


「シャルロット様!」

「お嬢様!」

「ええ。ここで泣いていても、ユーグ様は笑顔になどなれませんもの。わたくしが……わたくしが止めて差し上げますわ!」

「ガァァァァァァァ」


そんなシャルロット様に返事をしたわけではないのだろうが、ユーグはシャルロット様に向かって大きく吠えたのだった。


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事情により、次回更新は 2021/04/21 (水) 19:00 とさせていただきます。何卒ご了承ください。

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