第八章第32話 瘴気
2021/04/14 誤字を修正しました
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マライの町から出陣した私たちは数時間進んだ平地で巨大な魔物を迎え撃つべく陣を構えた。
一方の巨大な魔物と万に迫るのではないかと思われるほどの数の黒兵の軍勢は一直線にマライの町を目指して進んでくる。
ドシン、ドシンと巨大な足音を響かせまるで山のように黒い巨体がこちらへと向かってくる。
いや、よく見るとあれは黒ではなく紺色だ。紺色の肌に黒い
それからその顔にある二つの大きな目は人間なら白目の部分が黒くなっており、その中に赤茶色の縦長瞳が怪しく輝いている。また、髪は生えておらずその全身は恐ろしいほど筋肉質で、長い尻尾を引きずりながらこちらに向かって歩いてきており、その手にはどこかで引っこ抜いたであろう大木が握られている。
それに何より凄まじいのはその体に
そう、姿かたちはまるで違うがスイキョウに操られていたときのシズクさんが纏っていたようなレベルだ。
「さあ、ここを抜かせるわけにはいきません! 総員、撃て!」
サラさんの号令と共に矢が放たれた。放たれた矢は魔物の纏う黒いオーラにぶつかると浄化の光を放つ。
やはりあの黒いオーラに対しても浄化魔法は有効なようだ。だが如何せん、その量が多すぎるのだろう。
魔物が怯んだ様子は全くない。
そしてその放たれた矢が鬱陶しく感じたのか、手に持った大木をこちらに思い切り投げつけてきた。
「あっと、防壁!」
激しい激突音と共に投げつけられた大木を防壁によって防ぐことに成功したが、ぶつかった大木は砕け散った。
それからその魔物は近くの木を一本引っこ抜いて再び手に持った。
「すさまじい怪力でござるな……」
「あれは私たちが相手をしたほうが良さそうですね」
「そうですね。後は黒兵ばかりのようですし、我々が――」
クリスさんがそう言いかけたところで右の森の中から炎の槍が私に向かって撃ち込まれた。
「危ないっ!」
クリスさんが私を抱えるとそのまま地面に転がって何とかそれを躱した。
「あ、ありがとうございます」
今のは危なかった。全く反応できていなかった。
「お怪我はありませんか?」
「はい」
私がそう答えるとクリスさんは安堵の表情を浮かべて炎の槍が飛んできた方向を睨み付ける。
「ククク。今のに反応するとはな。弱いほうの聖騎士もやるではないか」
そんな言いながら、森の中から褐色の肌と黒い瞳、そして
「お兄さま!」「アルフォンソ!」
サラさんが、そしてシャルが怒りに燃えたその男を
うん? こいつがアルフォンソ? ブラックレインボー帝国皇帝の?
なんでこんな前線にのこのこと出てきてるの?
「クハハハハハ。久しぶりに実の兄に会ったというのに何という目をしているのだ」
「わたしに、それに民にあのようなことをしたお前が何を!」
「あのようなこと? 何を言っているのだ。進化し、神の定めなどという下らぬ呪いから解放されたではないか。クハハハハハ」
「何を言っているのですか! 民を! それにホワイトムーン王国の人々を攫ってあのような者に変える邪悪な術を使うなど! 恥を知りなさい!」
「そうですわ! ユーグ様を返しなさい!」
サラさんが、そしてシャルが悲痛な叫び声を上げる。
「ん? 誰かと思えば弱いほうの聖女ではないか。呪いは強いほうの聖女に解いてもらったのか? ククク」
「アルフォンソ! ユーグ様はどこですの!?」
「ユーグ? ああ、貴様の元聖騎士だな」
「元、ではありませんわ! 今でもユーグ様はわたくしの騎士ですわ!」
「ク、ククク、クハハハハハ」
「何がおかしいんですの!?」
「これが笑わずにいられるか。フハハハハハハハ。こいつは傑作だ」
「え?」
「貴様の元聖騎士ならいるではないか。そら、貴様の目の前にな」
そう言ってアルフォンソは巨大な魔物を指さした。
「え? あれが……ユーグ……さま?」
シャルはそう言って目をまん丸に見開いた。
「適当なことを言うな! ユーグ殿があのようなお姿なはずはない!」
「クハハハハハ。愚かなものだな。私が『進化の秘術』で進化させ、解放してやったのだよ。聖騎士などという下らぬ神の呪いからな! これで奴も思うが儘に生きられるというものよ。フフフ、フハハハハハハハ」
「……あれが進化? それに何が解放ですか! あれじゃあ、まるで魔物ではないですか」
絶句する皆を横目に私は声を荒らげる。
「くくく。強いほうの聖女か。都合よく踊らされる神の駒風情が」
「私は私の意思でここにいます! 駒などではありません!」
「ククク。やはり何も知らぬようだな」
「な、何を!?」
不覚にも私はその言葉に動揺してしまった。駒、何も知らない、というのはイエロープラネットであの謎の死霊術士にも言われたことだ。
「クハハハハハ。やはり何も知らないのではないか。何も知らずに呑気に救世の旅か? 気楽なものだ。何の意味もないことをしているというのになぁ」
「え? 何の意味も、ない?」
「そうだ。強いほうの聖女よ。貴様はなぜ魔物が人間を襲うのかを知らないな?」
「え? それは……」
「魔物はな。瘴気によってもたらされる衝動に駆り立てられているのだ。人間を殺したい、食いたい、犯したい、といった衝動にな」
「……」
「では、強いほうの聖女よ。貴様は瘴気がどこから生み出されるか知っているか?」
「……」
「ククク。瘴気はな。人間の歪んだ欲望から生み出されているのだよ」
「……だったら、何だって言うんですか」
「くくく、分からんのか? 瘴気は人間が生み出したものだ。ならば人間を救ったところで魔物による襲撃は収まらん。貴様が何人救おうが、人間が生きているだけで世界の魔物は人間を襲い続けるのだよ。クハハハハハ」
「それでも、悲しむ人を減らすことはできます!」
「その減った結果、より多くの瘴気が生み出されるのだ。やがて瘴気は増えてより強い魔物が人間を襲うのだ」
「ですが!」
「ならば、その瘴気は人間が使ってやったほうが有意義だろう?」
「え?」
「もう察しがついているのではないか? 『進化の秘術』とはな。人間に瘴気を与えることでその在り様を変化させる術なのだ。こうして私は瘴気を利用してやっているのだよ。人間を死を恐れぬ兵へと変化させ、この私が世界を支配するための尖兵として使ってやるためにな」
「ですが、そんなことをしても瘴気は無くならないのではないですか? そんなやり方はいずれ破綻します!」
「そんなもの、私の知ったことではない」
「え?」
「この力で私は神に成り代わりって世界の支配者となるのだ。人間や瘴気のことなど知ったことではない!」
「そんな! じゃあ平和に暮らしている人はどうなるのですか!」
「……どうでも良いことだな。いや、むしろ神の呪いで下らぬ人生を送る生活から解放され、魔物にも死にも怯えることなく戦う戦士へと進化できることを喜ぶべきだな。ククク。クハハハハハ」
こいつは……完全に狂っている。
「ユーグさんを! それに黒兵にした人たちを元に戻しなさい!」
「くくく。できんなぁ。どうしてもというのなら……力ずく試してみるがいい! ククク。クハハハハハ。ハーハッハッハッハッ!」
そう高笑いをした瞬間、アルフォンソの周囲に凄まじい量の黒いオーラが噴出したのだった。
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