第八章第15話 バジェスタ救援戦

ユスターニを奪還したサラさんはまずキトスの町へと使者を送り、残りの兵力のほとんどをユスターニへと移動させることにした。


それからもう一つ、その兵の到着を待たずしてバジェスタという港町の奪還作戦を開始することととなった。その際、二手に分かれて主要街道の要衝であるラヤ峠の砦へ睨みを利かせる必要もある。


睨みを利かせるといっても派手に何かをする必要はなく、バジェスタを攻略している間に背後をつかれたりユスターニを奪い返さたりといった事態を避けることが狙いだ。


電話やインターネットがあるわけではないためこの世界の情報の伝達は非常に遅い。だからいきなり主力軍がユスターニの奪還に押し寄せてくるなどということは無いだろうが、それでも背後をつかれるのは危険だ。下手をすれば取り返しのつかない被害が出てしまうかもしれない。


それに何より、バジェスタの港を奪還することはホワイトムーン王国軍と連携するうえで必要不可欠だ。


そこで今回は私たちがバジェスタ奪還を担当し、ラヤ峠を見張る部隊はシャルに総大将をお願いすることになった。


え? この国の人の方が良いんじゃないかって?


いやいや。シャルはやはり貴族の娘だけあって人を使うことに慣れているし、それにユーグさんはいないけれどシャルは聖女様なのだ。


この国の兵士の皆さんにも好かれているし、指揮官という意味では適任なのではないかと私は思う。


それに、私の【聖属性魔法】がチートなだけであってシャルだって高レベルの【聖属性魔法】と【回復魔法】の使い手なのだ。


私が浄化魔法を付与した武器は大量にあるし、浄化魔法を使った倒し方だってわかっているのだから死なない兵士の軍勢を抑えるくらいはどうにかなるだろう。


一方、バジェスタを奪還するとなれば多少の怪我人は避けられない。その時に私がいれば救える命は多いはずだ。


と、そんなわけでこのような分担となったのだ。


あ、ちなみにバジェスタ奪還の総大将はもちろんサラさんだ。サラさんがいなければ奪還しても町の人をまとめることはできないだろうからね。


****


ユスターニを出発した私たちは途中でシャルに半数の兵を預けて別れるとそのまま一気に標高を下げる。


馬車など通れないであろう急な山道を二日かけて下った私たちはようやく見晴らしのいい場所に出てきた。


すでにジャングルに突入していたせいで全く視界が効いていなかったのだが、どうやら本当に海の近くまで降りてきたようだ。


遠くに海が、そして港町が見える。


って、あれ?


私が目を凝らすとその視界に奇妙な光景が飛び込んできた。


なんとその港町を大量のブラックレインボー帝国兵が包囲しているではないか!


ええと、これは一体どういうこと?


私はとりあえずサラさんに状況を報告してみる。


「サラさん。あそこに港町が見えるじゃないですか。あれが目的地ですよね?」

「はい。仰るとおりです」

「なぜかはわからないですが、大量の死なない兵があの港町を包囲しているんですけど……」

「え?」

「実はあの港町、まだ落ちていなかったんじゃないですか?」

「それなら急いで民を助けに行かなければ!」

「待つでござる」


 慌てて号令を掛けそうになったサラさんをシズクさんが制止した。


「落ち着くでござるよ。拙者の目ではフィーネ殿ほど詳しく見ることはできないでござるが、あの様子ならばすぐには落ちないはずでござる。背後をしっかりとついて、敵の指揮官を討ち取るべきでござる」

「……そうでした。わたしとしたことが」

「いや、民のために親身になれるみかどを頂ける民は幸せでござるよ」

「お気遣い、痛み入ります」


サラさんはそう言って顔を上げた。その表情には先ほどの焦りの色はもう見当たらない。


「聖女様。彼らの指揮官の場所はお分かりになられますか?」

「指揮官は……そうですね。門の前、平地になっているところの一番こちら側に旗が掲げられている場所があります。そこに何だかすごくごてごてした鎧を着ている人がいますね。あれなら、後ろから簡単に攻撃できそうですよ」

「ありがとうございます。それでは、前進! 敵の指揮官を討ち取り、バジェスタを救います!」

「「「おおー!」」」


サラさんの号令で私たちは攻撃を仕掛けるべく、森の中を進むのだった。


****


ルーちゃんが森の精霊たちの力を借りたおかげで私たちは見つかることなく敵軍の背後を取った。


敵の陣容は例の死なない兵士がほぼ全てを占めている。そんな中、旗の掲げられている陣地に数十人の死なない兵士ではない普通の兵士の姿があった。


「あれは……ウルバノ将軍! まさか愚兄に従っていようとは!」


彼らの中でもひと際ごてごてした鎧を着ている男を見たサラさんがそう言った。


「知っている人ですか?」

「父に長く仕えていた将軍です。彼は裏切るような男では無かったはずなのですが……」


サラさんはそう言うと少し悲しそうに顔を伏せ、それから次に顔を上げたときにはもう真顔に戻っていた。


「彼には聞きたいことがたくさんありますのでどうか殺さずに捕らえてください」

「そいつは強いでござるか?」

「国でも一二を争う剣の達人です」


それを聞いたシズクさんの表情は新しいおもちゃを手に入れた子供のように緩んでいく。


「はあ。じゃあ、シズクさん。その将軍の相手はお願いしますね」

「任せるでござるよ」

「それでは聖女様。ルミア様。よろしくお願いします」

「はい。結界」


私は彼らの陣地から私たちのいる場所までをすっぽりと包み込むように結界を張り、そこにルーちゃんがマシロちゃんを召喚して風の刃を陣地に撃ち込んだ。


突然の攻撃に本陣は混乱に包まれる。


「突撃!」


サラさんの合図と共にこちらの兵士が一気に突撃を開始した。そんな混乱に乗じた突撃に敵の本陣を守る兵士たちは反応できず、次々と倒れていく。その中にはあの死なない兵も含まれているが、浄化魔法を付与した剣で斬りつけられた兵は起き上がることなく塵となって消滅していく。


「よし! やはりいけるぞ!」

「聖女様の祝福は我らと共にある! 覚悟!」

「落ち着け! 隊列を整えろ! 奇襲部隊は少数だ! こちらには数の利がある。黒兵隊で押しつぶせ!」


私たちは一気呵成に攻めたてるが、ウルバノ将軍とやらが大声で怒鳴り散らしながら戦線をあっという間に立て直していく。


なるほど。昔からの将軍というだけあって有能らしい。


だがシズクさんはすでに囲いを突破して将軍のところへと辿りついていた。


「拙者はシズク・ミエシロ。聖女フィーネ・アルジェンタータ様が剣でござる。ウルバノ将軍! お覚悟!」

「なにっ!?」


突如現れたシズクさんに動揺した様子を見せる。だが、さすがは歴戦の将軍といったところだろうか。すぐさま落ち着きを取り戻すと剣を抜き放った。


「ブラックレインボー帝国大将軍、ウルバノがお相手しよう!」

「大将軍!? サカリアス大将軍はどうしたのです!」


サラさんが思わずといった様子で叫んだ。


「……サラ殿下か。聞きたくば力ずくでお聞きになるのですな!」


ウルバノ将軍はそう言ってちらりとサラさんのほうに視線を向けたがすぐにシズクさんへと視線を戻した。


その表情にはわずかに後悔のようなものが浮かんでいたように見えたのは私の気のせいだろうか?


ウルバノ将軍は剣を向けると間合いを測るかのようにじりじりと間合いを詰めてくる。そして突如ウルバノ将軍は踏み込み、シズクさんに高速の一撃を撃ち込んだ。


その一撃はシズクさんを綺麗に捉えたと誰もが思ったが、気付けばシズクさんはウルバノ将軍の背後に立っていた。


「この程度でござるか」


シズクさんの落ち着いた声が聞こえたかと思うと、ウルバノ将軍は膝から崩れ落ちた。


おそらく目にも止まらぬシズクさんの神速の一撃がウルバノ将軍を捉えたのだろう。たぶん。


「峰打ちでござるよ」


そう言ってシズクさんはキリナギを鞘に納めた。


なるほど。確かに倒れているウルバノ将軍から血は流れていない。


しかし次の瞬間、ウルバノ将軍の周囲にいた兵士たちがシズクさんを取り囲むと一斉にそして襲い掛かった。


そして彼らの剣がシズクさんを一斉に突き刺した!


と、そう思った瞬間そこにはシズクさんの姿はなく半数の兵士たちがその場に崩れ落ちていた。


「この状況で逃げなかった勇気は見事でござるが、相手との実力差がわからぬようではいずれ無駄死にするでござるよ」

「ひっ。バ、バケモノ!」

「耳と尻尾があるということは、こいつは魔物か?」

「いや、魔物ならばこちらの味方のはずじゃ」

「拙者は魔物でもなければ貴殿らの味方でもござらんよ」


次の瞬間、残る兵士たちも地面に伏せることとなったのだった。

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