第七章第18話 聞き取り調査(前編)
結局あの娼館からは一人の生存者も見つけることができなかった。その一方でエルフの女性の遺体も見つけることはできなかった。
そして警邏の人達が駆けつけて調査が行われた結果、恐らく相手は単独犯であろう事も発覚した。
というのも、娼婦たちの生活スペースで見つかった男のものと思われる足跡が一種類しかなく、その足跡が娼館のところどころでも見つかるのだ。前の世界のように精緻な捜査ができるわけではないが、手口を考えてもこれほどの手練れが複数いるはずもなく、娼婦たちを惨殺した実行犯は一人、たとえ手引きした者がいたとしてもごく少数であろうことが予想されるのだ。
「いくら一般人相手とはいえ、よくここまでできるな。これをやったのは本当に人間なのか?」
クリスさんが思わずポロリとそんな事をこぼした。
うーん。確かに犯罪者でもなく隷属の呪印の被害者の女性すらも殺すというのは常軌を逸している。はっきり言って意味が分からない。
それと念のため他の娼館にも警邏の人達が聞き込み調査を行ったそうなのだがそちらには何の異変もなく、そしてこの娼館で争うような物音も聞いていなかったらしい。
つまりこの娼館だけを狙って襲撃を仕掛け、誰にも気づかれずにエルフの女性以外を惨殺したうえで連れて行ったということのようだ。
「状況を考えると、エルフたちによる救出作戦、という線が濃い気がするでござるがな」
「で、でもっ! この辺りは森が無いからあたしたちエルフは力がっ!」
「む、それもそうでござるな」
「だとすると一体だれが……」
考えても答えは出ない。
私は亡くなった人達を葬送魔法で送ってあげると、一度ホテルへと戻ることにしたのだった。
****
翌日、私たちは過去のあの娼館を利用していた人の事情聴取に立ち会わせてもらうこのになった。というのも、やはりエルフの娼婦がいたという話は本当のようで、客だったという男が何人か見つかったそうなので、ヒラールさんにお願いしたのだ。
ちなみに、私たちは取調室には入れてもらえずに別室で取り調べの様子を聞くという形になった。何でも、私がいると多分喋るはずの事まで喋らなくなる可能性があるそうだ。
うーん? 【魅了】とか使えばあっさり喋ってくれそうな気もするんだけどなぁ。
ああ、でもそんなに気軽に魅了するわけにもいかないかな。
そんなわけで私は取り調べの監視室からこっそりと取り調べの様子を覗き見している。部屋の中では取調官の男と少し小太りの脂ぎったおじさんが向かい合って座っている。
ちなみに、これは逮捕しているわけではなくて純粋な捜査協力という事で連れてきているので特に拘束などはされていない。
「お前が緑の髪のエルフを買ったのはいつだ?」
「え? レイアちゃんですか? 最初に買ったのは確か半年くらい前ですかね。ぐへへ。あれはマジで魔性の女ですよ。あの美貌にあの体、しかも男を喜ばせるテクもバッチリ。しかもエルフっすからね。いや、本当に。もういくら貢いだか分かんないレベルなんですよ。あ、あとなんか、身分は奴隷だけどこういうのが好きだから天職だって言ってましたね」
取り調べを受けている男は饒舌になっている。よほど、そのエルフの娼婦を気に入っているらしい。
「そう、それでですね。ものすごい競争率なんですよ。最近だと予約は三か月先まで一杯で、しかも予約枠がオークション制になっちゃったから最近じゃもう俺みたいな一般人はもう相手をしてもらうのは無理でしょうね。あーあ、レイアちゃーん。どっかで予約のない日はないかなー」
聞いてもいないのにぺらぺらと良く喋ってくれる。
「ところで、そのレイアちゃんの腹には何か入れ墨のような物は掘られていなかったか?」
「え? ……入れ墨ですか? ええと、無かったような?」
なるほど。という事は隷属の呪印は使われていなかったってことかな? いや、でもこの口ぶりは怪しいぞ。
「そうか。では、最後に。お願いします。入ってきてください」
取調官の言葉にルーちゃんが入室する。
「えっ? レイアちゃんの……妹?」
ルーちゃんの姿を見た男は驚きのあまり立ち上がるとルーちゃんの姿を凝視している。そのあまりに露骨な視線にルーちゃんは眉を顰めた。
「あ、もしかして君も買えるの? いつならいける? ねえ?」
そう言いながらルーちゃんに迫っていったので私は防壁でその進路を塞ぐ。
「ぶひぇっ」
何やら間抜けな声を上げて男は防壁に顔面を強かに打ち付けた。
「私たちも出ますよ」
「はい」
「任せるでござる」
そうして私たちは取調室に乱入する。
「一体何を考えているんですか! 私の大切な妹分を娼婦扱いするなんて! 大体、何で止めないんですか!」
私は男と取調官に抗議をするとルーちゃんをぎゅっと抱きしめる。私たちの前をクリスさんとシズクさんが塞いでその男からルーちゃんを隠す。
「せ、聖女様! 申し訳ございません!」
取調官がビタンとなって私に謝罪をする。
あ、お祈りも謝罪もこのポーズなんだ。
って、違う! 今はそんな事よりも!
「ルーちゃん。もう大丈夫ですよ」
「姉さま……大丈夫です。ありがとうございます」
少し震えた小さな声でルーちゃんはそう言った。私はもう一度安心させるようにルーちゃんの背中を優しく叩いてあげると、ルーちゃんに迫ったその男を睨み付ける。
「え? え? 聖……女……様?」
何が起きているのか分かっていないこの男は間抜けな表情で私の方を見ている。
「おいお前。こちらのお方は聖女フィーネ・アルジェンタータ様だ。そして今お前が迫ったこちらの女性は聖女様の従者ルミア殿だ」
一緒について来てくれているハーリドさんがそう伝えると、この男は真っ青になってビタンとなり泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。
「申し訳ございません! 申し訳ございません! まさか聖女様の従者様とは知らず! 申し訳ございません」
いや、そういう問題じゃないよね?
「という事は、私の仲間でなければ問題ないという事ですか? 女性は物ではないんですよ?」
私がそう言うとこの男は一瞬ポカンとした表情を浮かべ、そしてそのまま謝罪を続けた。
いや、この人私が何に怒っているか絶対理解していないよね?
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