第七章第17話 娼館の惨劇(後編)

「なっ! これは!」

「ひどい……!」

「フィーネ様!」


私はあまりの光景にしばし呆然としてしまったが、クリスさんの一言で我に返ると急いで倒れている人に駆け寄る。


しかし誰もかれも皆すべて手遅れだ。大抵の人は皆心臓を一突きにされて殺されており、用心棒と思しき剣を持った人の遺体は首が一撃で切断されている。


「これは、相当な手練れの仕業でござるな。この男は剣を抜けずに殺されているでござるよ」

「暗殺者、とかですか?」

「いや、それはないでござろう。暗殺者であればこんな大立ち回りはしないはずでござるよ」

「では一体誰がこんなことを?」

「……恨みを持つ者、でござろうか? 奴隷の許された国であれば、娼婦の中には無理矢理連れてこられた者もいたでござろうしな」

「そ、それは……」


シズクさんの言葉にヒラールさんが青ざめた様子で反論をしようとする。


「いないと言い切れるでござるか? ヒラール殿が命じていなくとも、奴隷となった経緯の分からぬ女性はいたのではござらんか? それこそ、そのエルフの女性のように」

「そ、それは……」


シズクさんに問い詰められたヒラールさんはそのまま絶句する。


「まあ、今はともかく生存者を探すでござるよ」


そう言ってシズクさんは建物の奥へと足を踏み入れる。


そうして生存者を探す私たちだが、あまりの惨劇に私も気が滅入ってきてしまった。どれだけ探しても見つかるのは死体ばかりで、皆心臓を一突きにされるか首を刎ねられて殺されている。部屋によっては行為の最中に殺されたと思われる遺体もあった。


更に恐ろしいことに、三階建ての娼館の各フロアにも用心棒が三名ずつ配置されていたのだが全員剣を抜くことすらできずに絶命している。


「一体どうすればこのようなことができるでござるか?」

「よほどの手練れが複数人で犯行に及んだという事だろう。しかし、話にあったエルフの娼婦の姿は無いな」


そう。建物の中は全て見て回ったがエルフはおろか緑の髪の女性の姿はない。


「あ、あちらの建物かも知れませんぞ」


ヒラールさんが窓から見える同じ敷地に建つもう一棟の建物を指さす。


「そうでござるな。行ってみるでござる」


そうして地獄絵図と化した娼館の建物を出るともう一棟の建物に入る。鍵はかかっておらず、今回は普通に扉を開けて入った。


「ここは、娼婦たちが寝泊りする場所のようでござるな」

「ううっ、ここもですか」


やはり娼婦たちが血溜まりに沈んでいる。


「……これは!」


遺体を調べていたクリスさんが心臓を一突きにされた女性の服をめくると驚きの声を上げた。


「ヒラール首長! 貴殿はこの娼館の行為を黙認していたのではないか?」


クリスさんはヒラールさんを睨み付けると非難の声を上げる。


うん? どうしたのかな?


私はクリスさんの傍まで行くと、女性の服をめくって確認する。


「ああ、なるほど」


私も思わず声を上げてしまった。


そう。そこにはあの忌まわしき隷属の呪印が刻まれていたのだ。


「ヒラールさん。これはさすがに庇いようが無いと思いますよ?」

「ど、どいう事でございましょう?」


ヒラールさんはおどおどとした様子で私に聞き返してくる。


「どういう事も何も、この女性は隷属の呪印が施されています。取引にかかわった者全てを処刑しなければいけないのでは無かったですか?」

「なんですとっ!!!」


ヒラールさんが大声を上げる。


「ヒラール首長。このハーリドも隷属の呪印については見過ごすことはできない。どういうことか教えてもらおうか」


ハーリドさんもなじるかのような口調でそう言うとヒラールさんを睨んだ。


「わ、私は知らん! まさかこの娼館が隷属の呪印付きの奴隷を扱っているなど!」

「ヒラール首長。これは口封じではないのか?」


ハーリドさんが厳しい視線をヒラールさんに向ける。


「そうならば聖女様をこのような場所にお連れなどしない! 理由をつけて時間稼ぎをする!」


ヒラールさんは慌てた様子で釈明する。


うーん、それは確かにそうかもしれない。ここで違法な奴隷がいると知っていながら私たちを連れてきたら痛い目に遭うのは自分だが、さすがにそんなことすら考えていなければただの馬鹿だ。


ただ、かといって時間稼ぎをしても結局同じことのような気もする。


「それもそうだな……すまなかった」


ハリードさんもそう言って少しバツが悪そうな表情を浮かべる。


「あ、あのっ! それよりもエルフの女性をっ!」


ルーちゃんがおどおどとした様子でそう声をあげる。


ああ、そうだった。衝撃的な光景にすっかり意識から飛んでしまったが今一番不安なのはルーちゃんなのだ。


「そうですね。ルーちゃん、ごめんなさい。探しましょう」

「はい……」


私がそう言ってルーちゃんの手を握ると弱弱しくそう答えたのだった。

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