第七章第3話 快適な船旅
セムノスを出航した私たちの船は海に浮かぶ島々の間をゆっくりと進み、次第に陸から離れていく。私たちの乗っているこの船はホワイトムーン王国の王族も乗る船らしく、何とも豪華な大型の巡洋艦だ。ちなみに名前は何とずばりそのまま、キング・ホワイトムーン号というらしい。
そして素晴らしいことに、クリスさんがついに【船酔い耐性】を手に入れたのでもうマーライオンして魚に餌をやる人は誰もいない。
これはもう、快適な船旅を楽しむしかないだろう。
やはり豪華な船に乗ったらやってみたいことと言えば、デッキで優雅にドリンクを楽しみながら日光浴だ。
というわけでデッキにビーチチェアを用意していざ水着で日光浴、と思ったのだがよく考えたら私は水着を持っていなかった!
仕方ないので水着は諦めてローブを脱いで日光浴を、と思ったのだがものすごく寒かった。
この聖女様なりきりセットのローブ、そういえば防寒機能もものすごく優秀なのだった。
そのおかげですっかり忘れていたが、今はもう 12 月だ。デッキは寒風が吹きすさび、船員さんたちも少し厚着をしている。
うーん、仕方ない。ここはローブを着たままで日光浴を楽しむことにしよう。
私はビーチチェアに横になった。お供のドリンクは王都から収納に入れて持ってきたオレンジジュースだ。
一口オレンジジュースを口に含むとそのまま日光浴を開始する。
ローブに冷たい風は遮られ、弱い冬の日差しが私を温めてくれる。私はその心地よさにゆっくりと瞼を閉じたのだった。
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「姉さま、寒くないんですか? それ?」
私が目を開けるとルーちゃんが私を覗き込んでいる。冬用のもこもこの毛皮を着込んでおりいかにも暖かそうな装いだ。
「このローブを着ている限りは暖かいんですよ。それに日光浴は気持ちがいいですからね」
「はぁ、いいなぁ。あたしもそのローブ欲しいですっ」
そうは言っても貰いものだしね。聖弓とやらを探して認めて貰うしかないんじゃないかな?
ルーちゃんとそんな他愛もないやり取りをしているとシズクさんがこっちにやってきた。
「フィーネ殿、日向ぼっこでござるか?」
「はい。やっぱりこうやってお日様を浴びると気持ちがいいですからね」
「はは、相変わらずとても吸血鬼とは思えない台詞でござるな」
「あはは、そうですね。あとはこのローブ無しでも大丈夫なくらいに暖かければもっと良かったんですけどね」
「やはりそのローブは別格なのでござるな。拙者のこのマントもそれなりには暖かいでござるが、それでもここで日光浴をしたいと思えるほど暖かくはないでござるよ」
「そうなんですね」
ということはクリスさんのマントもそうなのだろう。
あれ? そういえばクリスさんの姿を見かけないような?
私がキョロキョロと辺りを見回しているのを見てシズクさんが先回りして教えてくれる。
「クリス殿なら先ほどから船員たちに混じって仕事をしているでござるよ。【操船】と【操帆】のスキルを鍛えたいそうでござるよ」
「なるほど」
クリスさんは真面目だからね。きっとすぐにでも一人前の船長さんになれるんじゃないかな?
****
そうこうしているうちにディナータイムとなった。今日のディナーはタコと野菜のサラダ、ラム肉の蒸し焼き、何かの魚のスープに白パンだ。
え? 船の上でどうしてそんな豪華な料理が食べられるのかって?
それはもちろん、私がセムノスで買って収納に入れて持ってきたからだ。というのも、基本的に船で食べられるのは塩漬けの肉や魚、それに豆と固パンぐらいしかないのだ。
しかしうちには育ち盛りのルーちゃんもいるし、私も栄養のあるものをちゃんと食べないと血が飲みたくなってしまうので色々とよろしくない。
それにレッドスカイ帝国でも散々収納は使っているし、私は収納が使えることを隠してはいない。なので開き直った私は堂々と申し出て全員分の食糧を収納に入れて持ち運んでいるのだ。
この感じだと収納の事が知られても危ない目には遭わなそうだしね。
というわけで、私たちは船室でディナーを頂く。
まずはタコと野菜のサラダだ。
ブツ切りのタコがとにかく大量に入っていて、そこにトマト、紫玉ねぎ、レタスが添えられている。比率で言うとタコが五割くらいな感じだ。そこにオリーブオイルとレモン汁、それに塩とパセリを使ったドレッシングで味つけをしているそうだ。
まずはタコを一口。あ、このタコ、驚くほど柔らかい。顎が疲れるという事もなく簡単に噛み切れる柔らかさだ。その柔らかいタコのうま味とドレッシングの味が絡み合って口の中に広がる。そこへ追加で野菜を口に含むとこれまた味の複雑さが増して深い味わいに変化する。トマトの酸味と香りが混ざりあい、さらに紫玉ねぎのシャキシャキとした歯ごたえとほんの少しだけツンとくる香り、そして少し苦味のあるレタスが絶妙に絡み合ってハーモニーを奏でる。
さすが、セムノスの名物料理と言われているだけはあるね。
次は蒸し焼きだ。この料理はペカという蓋付きの鉄鍋に具材を入れ炭火で蒸し焼きにしたそうだ。蓋の上にも炭を置いて何時間も加熱するらしい。収納にはお皿に取り分けたものを入れさせてもらったので鍋自体は見ていないのだが、今度機会があったら是非とも鍋も見てみたいものだ。
さて、この料理の味つけは至ってシンプルで、塩とニンニク、そしてハーブで下味をつけただけだ。そのラム肉を同じ鍋で蒸し焼きにしたジャガイモと一緒に頂くのだ。
私はまずラム肉を切り分けて口に運ぶ。すると熱々の肉汁がじゅわりとしみ出してきた。臭みもなく肉のうまみがしっかりと引き出されている。その肉のうまみにニンニクの香りとハーブの香りが加わって絶妙なハーモニーを奏で、更に塩味が良いアクセントを加えてくれている。
視線を移して同じ鍋で蒸し焼きにしたジャガイモを見てみると、それは美しい黄金色に仕上がってなんとも美味しそうな湯気を立ち上らせている。
私はこれを一口大にカットして食べるとその甘みが口いっぱいに広がる。
うん、シンプルイズベストを体現したかのような料理だ。
そして最後に何かの魚のスープだ。これは単純に塩味のスープなのだが、魚の出汁でうま味がしっかりとしみ出している。そしてこのスープにパンをディップして食べるとやはりこれまた絶品だ。
ちらりと視線を移すとルーちゃんがとても幸せそうな顔をして食べている。
うん。ルーちゃんの笑顔を見ていると私まで幸せな気分になってくる。
やっぱり美味しいごはんはいいよね!
こうして私たちの航海初日の夜は更けていくのだった。
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