第六章第57話 ガエリビの戦い

王都に魔物が襲撃を仕掛けてきたころ、シャルロット達はガエリビ峠の砦に到着していた。ただし、そこでは事前の予想とは異なり砦を守る戦いはまだ続いていた。


「戦況はどうなっている?」

「はっ! 団長! 膠着状態となっておりますが、魔物どもの数は徐々に減らせております」


アランの問いに兵士が答える。


「倒せぬ兵というのはどうした?」

「はっ! 10 人がかりで拘束し、深い穴の底へと放り込みました。今のところは登ってくる様子はございません!」

「そうか。ユーグ殿はどうした?」

「未だに行方不明でございます」


その返答を聞いたシャルロットが息を呑んだ音が響き、その後の静寂の中周囲の騎士たちが気まずそうに視線を逸らす。


「まずはその倒せぬ兵を殺せるか確認するぞ」

「ほ、方法があるのですか?」

「もう一人の聖女フィーネ様が死なない獣なる存在の倒し方をご存じだった。倒せぬ兵がその死なぬ獣と同じであればこの聖女フィーネ様に祝福頂いた剣で斬れば滅せるそうだ。他にも再生している傷口に浄化魔法を撃ち込んでも倒せるそうだ」

「な、なるほど。早速準備いたします!」


そしてアランを中心に砦の牢屋へと向かう。


「これが、倒せぬ兵か」


黒い兜を脱がされ、両手足を拘束されたブラックレインボー帝国兵は血走った目でアランたちを見つめている。


「おい。貴様の所属はどこだ」

「う、あ、おぉぉ」


しかしその男はうめき声を上げるだけでアランの問いには答えない。


「理性があるようには見えんな。おい、やれ」

「はっ」


アランの命を受けて騎士がその男の左胸を一突きにする。大量の血を流してがっくりとうな垂れそのまま絶命したかに見えたその男はものの数秒で頭を上げると今度はその騎士を睨み付ける。


「なるほど。これが大挙して押し寄せてくればひとたまりもないな。捕虜はあと何人いる?」

「はっ、牢に捕らえてあるのは 8 名、穴に落としてあるのはおよそ 40 名でございます」

「では問題ないな。では次は祝福の剣を試せ」

「ははっ」


騎士が今度はフィーネによって浄化魔法を付与された剣を使い、その男の左胸を再び一突きにする。


「ぐ、ぐ……」


その男が刺された瞬間に剣に込められた浄化魔法が発動する。男は小さくうめき声をあげるとそのまま塵となって消滅した。


「おお! 流石は聖女様の祝福だ!」


このブラックレインボー帝国兵に苦しめられたであろう騎士たちから歓声が上がる。


「次だ。シャルロット様」

「……ええ」


アランの呼びかけにシャルロットは険しい表情のままそう答える。


そして隣の牢へと移動すると、同じようにブラックレインボー帝国兵の心臓を一突きにする。


「神よ。この世ならなざる穢れを祓いたまえ。浄化」


シャルロットの浄化魔法が帝国兵の傷口に吸い込まれる。そして次の瞬間、帝国兵はやはり塵となって消えたのだった。


「おお! これで!」

「お見事です、シャルロット様」

「……ええ」


険しい表情のままシャルは再び答え、そして小さな声で呟いたのだった。


「ユーグ様、今助けに参りますわ」


****


「ブラックレインボー帝国兵など恐るるに足らず! 我々には二人の聖女様がついているぞ!」

「「「「おおぉー!」」」」


ガエリビの砦に騎士たちの雄たけびが響く。


騎士としての力では明らかに勝っているにもかかわらず倒せないという状況にフラストレーションを抱えていたのか、砦を守っていた騎士たちの士気は非常に高い。


「さあ、今こそ我らが祖国を踏み荒らす不届き者どもを叩きだしてやれ!」

「「「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」


そして砦の扉が開き、砦に籠城していた騎士たちが、そして王都からの援軍が出撃する。


時は 11 月 19 日午前 9 時、ガエリビの砦で睨み合っていた両軍は再び激突した。


「まずは砦前に張り付いている帝国兵をやれ!」

「うおぉぉぉ!」


フィーネにより浄化魔法の付与された剣を手に騎士たちは黒い鎧を身に纏うブラックレインボー帝国兵たちに斬りかかる。


それを見た帝国兵たちはやや緩慢な動作で立ち上がると騎士たちを迎え撃つ。


「はぁっ!」

「我が国から出ていけ!」

「よくもクリエッリを!」


明らかに士気と技量で上回るホワイトムーン王国の騎士たちが帝国兵を打ち倒し、そして塵へと変えていく。


「行けるぞ!」

「さすがは聖女様の祝福だ!」


こうして砦の前で睨みを効かせていたブラックレインボー帝国兵は瞬く間に駆逐される。


これにより一時的に引いたブラックレインボー帝国軍だったが、魔物たちの数を頼りに犠牲を物ともせずに砦への道を再び攻め上がってきた。


「攻め手を休めるな! 崖の上を先に制圧して矢を射掛けろ! 岩を落とせ!」


こうして高い場所に位置取り地の利を得たホワイトムーン王国軍は狭隘な峠道の上から矢を射掛け、岩を投げ落とす。


特に岩を投げ落とすことによる攻撃は大きな効果を上げた。ゴブリンなどの魔物だけでなく、オーガのような強力と言われる魔物たちにも甚大な被害を与えた。


数キロはある岩が落下による勢いをつけて魔物たちの群れを襲い、魔物たちを血の海へと沈めていく。


意図的に投げつけられた岩は周囲の岩や木々を巻き込んでその質量を増し、小規模な土砂崩れとなってブラックレインボー帝国軍の魔物たちを飲み込んでいく。


この土砂崩れにより相当数の魔物部隊が壊滅し、ブラックレインボー帝国軍は本隊がむき出しとなる。


「今だ、突撃! 指揮官を討ち取れ!」


ホワイトムーン王国の騎士団が逆落としを敢行する。それに対して前面に押し出されたブラックレインボー帝国軍はオーガたちが前面に出てその突撃を受け止めようと身構える。


激突の瞬間、ドシンと大きな衝撃音が響き渡る。そして、巨大なオーガたちの怪力によって駆け下りて来た騎士たちの勢いが止まってしまった。


「怯むな! 押し出せ! 祖国を守る騎士の意地を見せろ!」

「うおおおおお!」


一人、二人と騎士がオーガたちによって殴り飛ばされ動かなくなるが、その隙をついた騎士たちがオーガの関節に槍を突き刺す。


「ガァァァァァ」


そうしてオーガたちも一匹、また一匹と討ち取られていく。


そして、目の前に道が出来上がる。


「討ち取れぇ!」

「我が国から出ていけ! この魔物どもが!」


オーガたちの壁を抜いた騎士たちはフィーネにより浄化魔法が付与された剣を手にブラックレインボー帝国兵へと斬りかかり、そして次々と塵へと変えていく。


こうなると最早ホワイトムーン王国軍の勢いを止めるものは何も無い。


こうしてガエリビ峠の砦を巡るホワイトムーン王国とブラックレインボー帝国の戦いはホワイトムーン王国側の完全勝利で幕を閉じることとなった。


そしてその戦場には一人で懸命に騎士たちの傷を癒すシャルロットの姿があったという。

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