第六章第19話 団らんの食卓

「さあ、たんとお上がり」


懐かしのジェズさんの家の食卓にはほかほかと湯気を上げる料理が並べられている。ここはもともと四人用のダイニングルームで、そこに私たち六人と一匹――マシロちゃんだ――が所せましと着席しており、さらにリーチェが部屋の中を興味深そうに飛び回っては観察しているのでものすごく狭く感じる。


ちなみにリーチェは召喚した状態ではないので私とルーちゃん以外には見えていないのだが、見えている側の私としては何となく気になってしまうのだ。


「わぁっ、すごくおいしそうですっ! 姉さまから聞いてずっと食べてみたかったんですっ!」

「あら、そうなのかい? フィーネちゃんはこのベシャメルシチューが好きだったもんねぇ」


さて、今日の夕食は私が奥さん特製の鶏肉のベシャメルシチューにトマトの乗った野菜サラダ、そして焼きたてのパンだ。平民としてはやや贅沢なメニューかもしれないが、決して貴族が食べるような豪華なメニューではなく家庭料理の範囲内だ。


ベシャメルシチューというのはベシャメルソースのような白い色をしたシチューという意味らしく、比較的安価に手に入る牛乳を使って作る庶民の料理だ。家庭ごとに味が違うそうだが、私にとってのベシャメルシチューは奥さんの作るものだ。そしてこれが私にとっての王都でのおふくろの味なのだ。


少しクリーム色をした白いシチューの中にはざく切りのニンジンとジャガイモ、そして鶏肉が入っており、そこに別で茹でたカリフラワーが添えられている。


この白いどろどろとしたシチューを口に運ぶと、じんわりと甘みと塩味、そしてよく煮込まれた野菜と鶏のうま味が一体となって口の中に広がる。


次は焼き立てのパンにバターを塗り、シチューにディップして口に運ぶ。するとただでさえ口の中が幸せになるシチューに濃いバターの香りと甘みがプラスされる。それをパンの柔らかな甘みと香りが全てを調和させ、そして咀嚼して飲み込むと一気に口の中に静寂が訪れる。


そしてそこには僅かなパンの香りが残りその余韻に浸らせてくれる。


うん、やっぱり奥さんのシチューは本当においしい。


「おいしいですっ! 姉さまっ! ロザンナさんっ! 本当においしいですっ! おかわりっ!」

「ああ、そうかい? それは良かったよ。ちょっと待ってな」


興奮気味のルーちゃんにそう言うと奥さんは嬉しそうにおかわりのシチューをよそってきてくれる。


「ありがとうございますっ!」


そしてそれを受け取ると大喜びで食べている。その隣でマシロちゃんも負けず劣らず美味しそうにシチューとパンをもりもりと食べている。一応、念のために言っておくとマシロちゃんはテーブルの上に乗っているわけではなく、テーブルと同じ高さの台に乗ってテーブルの上にある食べ物を器用に風で運んで食べている。いや、吸い込んでいると言った方が正しいのかもしれない。


一切零していないし音を立てているわけではないが、あれはあれでマナーが良いような気もしないでもないが、魔法の無駄遣いであることは間違いないだろう。何ともシュールな光景だ。


ただ、この前見た時よりもかなり丸々と太っている気がするけれど、本当に大丈夫なんだよね?


そんなことを思っていると、リーチェがひらひらと窓際に飛んでいき、そこ置いてある鉢植えの花をじっと見つめている。


確かゼラニウムって言ってたかな?


私がお世話になっていた時にも置いてあったその鉢植えは少ししおれており元気が無いようだ。もしかしたらリーチェもそれが気になっていたのかもしれない。


リーチェが鉢植えの植物を触っている。すると、少しずつ鉢植えの植物が元気になる。


「リーチェ、魔力を渡しましょうか?」


私はリーチェに声を掛ける。リーチェは嬉しそうにコクンと頷いたが、私が何も無いところに声をかけたように見えた親方と奥さんはやはりびっくりしている様子だ。


「私の契約精霊であるリーチェが、そこのちょっと元気が無くなっている鉢植えの植物をずっと気にしているんです。ちょっと失礼しますね」


少しマナーは悪いが、私はそう言って席を立つと花乙女の杖を収納から取り出す。そしてリーチェを召喚して実体を与えた。


「まあっ、フィーネちゃんのはおとぎ話に出てくる精霊そのものだねぇ」


親方も奥さんも驚いているが、親方が無口で押し黙っているのに対して奥さんは素直な感想を口にした。


「むぅ、あたしのマシロみたいに動物型の精霊のほうが圧倒的に多いんですよ? リーチェちゃんみたいに人型のほうが珍しいんですっ!」


ルーちゃんが抗議の声をあげるが、丸々と太った挙句に今も延々と食べ続けているマシロちゃんの様子を見ると若干説得力に欠けると思ったのは私だけではないだろう。


私はそんなルーちゃんを尻目に花乙女の杖を使ってリーチェに魔力を供給してあげる。するとリーチェはその鉢植えの植物をそっと抱擁した。


その植物は柔らかな光に包まれ、そしてその光はすぐにその植物に吸い込まれと消えた。


リーチェが離れるとすぐにその効果が表れ、萎れていたその植物はすぐに元気を取り戻すとみるみるうちに花を咲かせたのだった。


「まぁ! すごいね! さすが、フィーネちゃんの精霊だねぇ。リーチェちゃんと言ったかい? ありがとうよ。その子はフィーネちゃんが旅立った次の年から花を咲かせなくなってしまってね。もうダメかと思っていたんだけど、良かったよ」


しかしリーチェはどこ吹く風だ。元気を取り戻したその植物を見て嬉しそうにしている。


「リーチェ」


私が声を掛けると私のほうを振り向いた。


「その子を元気にしてくれてありがとうございます。その子は私の大切な奥さんの大事な子だったそうです」


私がそう言うと、リーチェは奥さんを手招きした。


「え? あたしに来いってことかい? どうしたんだい?」


そう言いながら奥さんが席を立ちリーチェのところへと歩いていく。それにつられるように私たちも窓際へと移動する。


リーチェは鉢植えの土を指さすとしきりに何かを伝えようとしている。


「え? どういう事なんだい?」


奥さんは戸惑っているが私は何となく言いたいことが分かった。


「あの、多分、土が良くないから元気がなくなったら代えてあげて欲しい、と伝えたいんだと思います。そうですよね?」


するとリーチェはこくこくと頷いた。


「ああ、そういうことなんだね。分かったよ。次からは土も替えてあげるようにするよ。ありがとうね」

「はい。リーチェもありがとうございます」


するとリーチェは手をひらひらと振るとそのまま杖の中へと戻っていったのだった。


とはいっても、送還されて実体が無くなっただけですぐそこにいるのだが。


そして食卓に戻るなり、奥さんは感心したように口を開く。


「はー、それにしても精霊と仲良くできるなんて、やっぱりハイエルフの血筋ってのはすごいもんだねぇ」

「ええぇ」

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