第六章第18話 ただいま
すー、はー、すー、はー。
私は大きく息を吸い込んで、そして吐き出してを繰り返す。
ここはジェズ薬草店の店の前だ。ついに私は親方との約束を果たし、魔法薬師となった。それを一番に報告するのは親方以外にはあり得ない。
「フィーネ様、落ち着かれましたか」
「はい。大丈夫です。行きましょう」
「はい」
私は意を決してジェズ薬草店のドアを開け、中へと足を踏み入れる。
「いらっしゃ……あ、あ、あ、あ」
いつものように閑古鳥の鳴いている店の奥で椅子に座ってくつろいでいた奥さんは私の姿を見ると立ち上がり、そしてこれでもかとばかりに目を見開いている。そんな奥さんに私は笑顔で挨拶する。
「奥さん、ただいま戻り、むがっ」
私はその台詞を全て言い切る前にものすごい勢いで走ってきた奥さんに抱きしめられた。
「あ、お、おかえり、おかえりぃ! フィーネちゃん、良く戻ったねぇ! 怪我はしていないかい? ちゃんとご飯は食べてたかい? おかしな奴に何かされてないかい? ああ、もう! ずっと心配していたんだよ? 途中からは手紙も寄越さないで、本当にもう!」
「っー、んー」
それなりにふくよかな体でパワフルに抱きしめられるとちょっと息が苦しい。
「奥様、フィーネ様が窒息してしまいます!」
「ん? ああ、すまないねぇ、フィーネちゃん。本当に無事でよかったよぅ。クリスちゃんもおかえり。怪我しなかったかい?」
そんなちょっと懐かしいやり取りをして奥さんは私をハグ攻撃から解放してくれたが、今度はクリスさんがハグ攻撃にあっている。
「奥さん、あの、私――」
「おや? 見慣れない娘が二人もいるんだね? 新しいお友達かい?」
私が二人を紹介しようと思ったところ、いつも通りの奥さんのペースに流されて私は喋れなかった。それでも何故か思った風に会話が続いていく。
「はい。こっちの緑の髪の娘は私の妹分のルミア、それと黒髪の女性はシズク・ミエシロです。ルーちゃん、シズクさん、この人は私の薬師としての師匠であるジェズさんの奥さんで名前はロザンナさんです」
「まあまあ、うちの娘が随分とお世話になったみたいだね。ありがとう。ジェズの妻のロザンナだよ。よろしくね」
そう言って二人にもハグをしていく。私にするのとは違ってそこまで熱烈ではないのでルーちゃんも息苦しくはなさそうだ。
「それにしても、フィーネちゃんよりルミアちゃんの方が背が高いのに妹分なんだねぇ? フィーネちゃんが妹分じゃないのかい?」
「え?」
奥さんに言われて私は固まる。
「わ、私のほうが背が高かったはずなんですけど……」
「あらそうかい? ハグした感じはそこのルミアちゃんの方が背が高い感じだったけどねぇ?」
「え? もしかしてあたし、姉さまの背を追い抜いちゃいました? 比べてみましょうよっ!」
そうやってニコニコしながらルーちゃんが私ところへとやってくる。
「え? あ、いや、その」
「ほら、そこで背中合わせで立ってみるんだよ。ほら、早く」
奥さんに言われると渋々ルーちゃんと背中合わせに立つ。頭と頭がこつんと軽くぶつかる。
「むむ、たしかにルミア殿のほうがほんの少しだけ高いでござるな。フィーネ殿、やはり普段の食事が少ないのではござらんか?」
「ううっ」
なんという事だ。たしかに徐々に追いつかれてきている気はしていたけれど、まさか追い抜かれるなんて!
「フィーネちゃん、どういうことだい? ちゃんとご飯は食べてるんだろうね?」
「え? ええと、ここにいた時と同じくらいは食べてます。それに野菜もちゃんと食べていますし……」
私がしどろもどろになりながらそう答えると奥さんは腰に両手を当てるとぴしゃりと言い切った。
「フィーネちゃん、あんたは前から小食だったものね。でもね、成長期の女の子なんだからダイエットなんてしないでちゃんと食べないとダメだよ。そうと決まったら今日はしっかり食べてもらうからね。さあ、お入り」
そうして私は奥さんに引きずられて懐かしいジェズ薬草店の中へと連行される。
そして私たち全員がお店の中に入ると、奥さんは店の看板を営業中から閉店にかけ替えたのだった。
「え? まだ営業時間は大分ありますよね? 今閉めちゃっていいんですか?」
「大事な娘が帰ってきたんだ。お店なんてやっている場合じゃないよ。ちょいと待ってな。あんたー! あんたー! フィーネちゃんが帰ってきたよー!」
そう言って奥さんは工房のほうへと走っていったのだった。私はすぐに呼びに行かないで一通り終わってから呼びに行くあたりが奥さんらしいな、と何だか懐かしい気持ちになった。
「あの方がフィーネ殿の王都での母上でござるか」
「姉さま、すごく愛されているんですね……」
「はい。半年間ですけど、奥さんがいなかったら今頃は路頭に迷っていたかもしれません。それにジェズさんもとても寡黙で職人気質な方ですけど、根はとても優しい人なんです。その人にも言葉では言い表せないくらいお世話になりました。二人は私にとって大事な恩人です」
懐かしいお店と変わっていない奥さんを見られて本当に良かった。
そう思っていると、工房のほうからどたばたと走ってくる足音が聞こえてくる。そしてあの懐かしいぶっきらぼうな声が聞こえてくる。
「……ああ、無事だったか。良く戻ったな」
「はい、親方。ただいま戻りました。そして、ちゃんと魔法薬師になれました」
私は親方に、あの時のように笑顔でただいまを伝えたのだった。親方はほんの少しだけ、頬を緩めたように見えたのは私だけだろうか?
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