第六章第12話 グルメシティ・サマルカ

さて、事情が分かったのでもう安心、そう思っていた時期が私にもありました。


「フィーネ様、あちらがサマルカの漁港です。さ、お手を」


そう言って私の手を引いてエスコートするのはカポトリアス家の五男、ニコラ・カポトリアスくん 9 歳だ。


あれから三男、四男とやって来たのを全て袖にしたわけだが、さすがの私も子供の手を払いのけることはできなかった。というか、子供を連れてくるのは反則だと思う。


このニコラくん、とても可愛らしい男の子なのだがしっかりとエスコートしてくれており、その外見とのギャップが何となく背伸びをしているようにも感じられて何とも微笑ましい気分になる。それにこの子の案内もしっかりしていて、建物の歴史や由来なども分かりやすく説明してくれるし、私たちの質問にもよどみなく答えてくれる。


そんな私たちの様子を遠巻きに見ているギャラリー達の会話が聞こえてくる。


「おお、ニコラ坊ちゃまが聖女様のご案内を……」

「さすがニコラ坊ちゃま、立派にお役目を……」

「……聖女様ってもしかしてショ……」


違うからね! 断じて違うからね!


子供が頑張っているのを見せつけられたらつい応援したくなっちゃうでしょ?


そういう事だからね!


「フィーネ様、この漁港には今朝獲れた新鮮な魚だけを出してくれるお店があるんです。ぜひそこでお昼にしませんか?」

「はい」


ルーちゃんも喜んでいるはずだが、これだけの衆人環視の中だからか大人しくしている。いつもの元気な声が聞けないのはそれはそれで少し寂しいものだ。


そして私たちはレストランに入り、停泊する船を見下ろす位置にあるテラス席へと案内された。


「さ、フィーネ様、椅子を」

「ありがとうございます」


私が椅子に座る手助けまでしてくれる。小さいけれどニコラくんは立派な紳士だ。


「こちら、前菜のサヴォーロでございます」


何も頼まなくても一品目が運ばれてくる。ルーちゃんの分だけやたらと量が多く私の分が少ない。どうやら私たちの食事に関するリサーチも既に完璧なようだ。


「フィーネ様、この料理は衣をつけて揚げたカタクチイワシのサマルカ風マリネです。サマルカ風マリネはワインビネガーだけではなくフレッシュレモンも使っているのが特徴です。この店では玉ねぎとパプリカを添えて出されますが、トマトを添えて出す店やローズマリーで香りをつけるお店もあります」

「そうなんですね。知りませんでした」


料理の説明まで完璧だ。ニコラくんは本当に 9 歳なのだろうか?


そんなことを考えつつ私はマリネを口に運ぶ。うん、甘酸っぱいマリネ液が衣に染み込んでその味と香り、そして僅かなニンニクの香りが口の中に広がってくる。そして口を動かして噛みしめるとカタクチイワシの味がじんわりと広がり、そして粗みじん切りの玉ねぎのシャキシャキ感とほんのわずかに少しだけツンとする香りが渾然一体となって口いっぱいに花開く。気が付いてみればパプリカの匂いと微かな苦味がそこにアクセントを加えて全体的な味を引き締めている。


「これは素晴らしいですね。こんなにおいしいマリネを食べたのは初めてかもしれません」


私が素直に賞賛するとニコラくんは少しホッとしたような表情を浮かべる。


「姉さま、これ、すごい美味しいですね。姉さまの国は良いところですっ!」


ルーちゃんはあっという間に陥落した。いつも思うが悪い人に食べ物で釣られて騙されないか心配で仕方がない。


「ルミア様にもお気に召して頂けたようで何よりです」


ニコラくんはニッコリと笑う。ルーちゃんはそれを見て少しだけ表情を緩めたのだった。


「本日のメインディッシュはシーバスのグリルと季節の野菜のトマト煮でございます。本日のお野菜はズッキーニ、パプリカ、そして早採りのニンジンでございます」


シーバスというよく知らない白身魚の切り身が塩焼きにされていて平皿に盛り付けられており。そこに一口大に切られた野菜が入ったトマト煮がまるでトマトソースのように添えられている。


まずはシーバスをそのまま口に運ぶ。ふっくらと焼けており、白身魚特有のあっさりした味わいに塩がアクセントを加えていて美味だ。噛むとじゅわっとうま味が口いっぱいに広がってくる。


「おお、これはスズキでござるな。さすが、港の目の前だけあって新鮮で良いネタを使っているでござるな」


おお、なるほど。これはスズキという魚らしい。それなら聞いたことがある気がする。


続いてトマト煮を口に運ぶ。なるほど、トマトの酸味と香りが先に立つが他の野菜のうま味がしっかりとしみ出していて口の中に残っていたシーバスの後味と合わさり一気にその複雑さを増していく。


そして次に私はシーバスの上にトマト煮を乗せて一緒に口に運ぶ。するとどうだ! 先ほど複雑だと感じたその味が一気にまとめて私に襲い掛かってくる。これは、なんというか、口の中が幸せだ。


「フィーネ様、そちらのお料理はトマト煮のソースをバケットと合わせて食べて頂くととても美味しいですよ」


そんな私の様子を見たニコラくんがそう勧めてくる。


「試してみますね」


私はパンをトマト煮にディップしてから口に運ぶ。


「ああ、この食べ方も美味しいですね。バケットの甘みがトマトの酸味と調和してとても優しい味になりますね」

「はい。私もトマト煮はバケットと合わせて食べるのが好きなのです」


そう言ってニコラくんはキラキラとした笑顔を浮かべる。


なるほど、トマトの独特な匂いや酸味、苦味が苦手という子供も多いと聞く。もしかしたらこの辺りの味覚は年相応なのかもしれない。


パンをディップして食べるのもとても美味しいが、私はどちらかというと魚と一緒に食べる方が好きかもしれない。


私たちがちょうど食べ終わったタイミングでデザートが運ばれてきた。


「こちら、ヨーグルトとクッキーのブラックベリーソースでございます」


そうして運ばれてきたのはパフェグラスに砕いたクッキー、少し固いヨーグルトの順に黄色と白の層が作られ、その上にブラックベリーのソースがかけられたスイーツだ。


私は早速スプーンで掬うと口に運ぶ。独特の甘酸っぱい香りが口の中に広がり、それがヨーグルトの味とよくマッチしている。そしてこの赤紫と白の宝箱を掘り進めるとその下から蜂蜜色のクッキーが顔を覗かせた。


私はそれを掬うとヨーグルトとブラックベリーソースと合わせて一緒に口に運ぶ。すると先ほどまでの甘酸っぱい味から一気に小麦の香りとクッキーの甘さが口の中に広がり私を幸せな気分にしてくれる。


「うん、これもとっても美味しいですね」

「はい。ここに蜂蜜をかけたデザートもありますよ。よろしければ本日のディナーにあわせて手配しましょうか?」

「はい、ぜひ」


その顔を見るに、ニコラくんはもっと甘いものが好きなのだろう。確かに甘さ控えめで大人のスイーツといった感じだったし、やはり大人びているように見えてやはりまだまだ子供だ。


こうしてサマルカのグルメを楽しんだ私たちはその後、聖女様のお勤めとして孤児院を訪問してからカポトリアス家の屋敷へと戻ったのだった。


ちなみに孤児院ではシズクさんの尻尾とお耳が大人気で、子供たちからもみくちゃにされていたのが印象的だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る