第六章第11話 狙われたフィーネ

私たちは三階の部屋へと案内された。その部屋はホテルのスイートルームよりも豪奢な部屋でバルコニーもついている。バルコニーからはよく手入れされた庭が見下ろせ、その先には白と青の美しい街並み、そしてその先には青く透き通った美しい海が見える。


さらに私とクリスさんたちの部屋は別れているが扉で繋がっており廊下に出ることなく行き来できるようになっている。この辺りは嬉しい配慮だ。


恐らく、賓客をもてなすために使っている部屋なのだろう。私が部屋の様子を確認していると、クリスさんが何やらよく分からないことを言ってきた。


「フィーネ様、ご判断承知いたしました」

「はい? 何の話ですか?」

「先ほど、ベルナール殿に手を差し伸べなかった事です」

「ええと?」


言われている意味が分からない。


「え? ええと、先ほどベルナール殿に案内されることを拒絶なさいましたよね?」

「はい?」


あの場で私は何かしなければいけなかったのだろうか?


「クリス殿、拙者も意味が分からないでござるよ。あの男は何故何も言わずにフィーネ殿に跪いていたでござるか?」

「……なるほど。フィーネ様、ベルナール殿はあの場でフィーネ様が右手の甲を上にして差し伸べるのを待っていたのです」

「ふうん?」


私は首を傾げる。


「そしてベルナール殿は差し伸べられた手の甲にキスをすることで初めてフィーネ様をエスコートすることが許されるのです。ですので、フィーネ様はあの場でベルナール殿のエスコートを断った、という事になります」

「そ、そうだったんですね。でも前にこの王国にいた頃はそんなやり取り、一度もなかったですよ?」


そう、今までもこの国の貴族の男性と話をする機会はあったがこういった経験は一度もない。


「フィーネ様は来月で 15 歳になられますよね?」

「はい。そうですね」


一応、10 月 7 日、クリスさんと出会う前日が誕生日と言うことになっており、当時 13 歳ということにしたので今年で 15 歳だ。


だが、一体何の関係があるのだろうか?


「我が国では 15 歳になれば正式に婚約が認められます。つまりフィーネ様はこの国中の貴族の男たちから狙われる存在となるという事です」

「……はい?」

「つまり、聖女であるフィーネ様を妻として娶ることで地位や権力を高めたい、そういった者たちが多数押し寄せてくるようになるだろうということです」

「ええぇ」


私があまりのことに閉口しているとルーちゃんが素っ頓狂な声で妙なことを私に聞いてくる。


「ええっ? 姉さま人間なんかと結婚するんですかっ? アデルローゼさんとじゃないんですかっ?」


人間の男性と結婚する気は全くないが、アーデはアーデで違う気がする。


「ええと、人間の男性と結婚するつもりもないですし、アーデとも結婚する気はないですよ」

「えー、アデルローゼさんなら同族だし、美人だし。あたし、アデルローゼさんのほうが人間の男なんかよりお似合いだと思いますよっ!」

「ええぇ」


だからどっちとも結婚する気はないから。そもそもアーデは私と同性だし、結婚はそもそもないんじゃないかな?


「い、いや、あの女に取られるのは……」


クリスさんはぶつぶつ言っている。確かに私とアーデが一緒になるというのはクリスさんとしては面白くないだろう。


「ええ? でもアデルローゼさん、あたし達を助けてくれた上にお着物までくれたんですよっ?」


どうやらルーちゃんは完全にアーデに買収されたようだ。私としてもアーデのことが嫌いなわけではないが、当面は今の関係のままで良いと思っている。


「そ、それはそれとして! フィーネ様は当面婚約者をお作りになるつもりはない、ということでよろしいですね?」

「はい。それにそもそも私は人間ではないんですから、シャルが聖女に選ばれたら権力拡大の道具としか私を見ていない貴族の男どもは私になんか見向きもしませんよ」


私がそう言うとクリスさんは頭を抱え、そして大きくため息をついた。


「フィーネ様。我が国における聖女というのは聖騎士によって選ばれ神殿でその証を受け取った者の事で、職業としての聖女とは異なります。フィーネ様が聖女候補でらっしゃる現在も聖女として扱われるのはそれが理由です」

「ええ? ということは……」

「はい。仮にシャルロット様が神託により聖女の職を授かったとしても、教皇猊下より頂いたそのロザリオが輝きを失わない限り、フィーネ様は我が国においても、そして世界聖女保護協定に参加する全ての国においても聖女です」


なんと、そうだったのか!


「ところで、その聖女保護協定って何ですか?」

「世界聖女保護協定というのは、神によって選ばれる聖女の保護義務と戦争への利用禁止を定めた世界規模の協定です。ゴールデンサン巫国を除く全ての国が加盟しております」


げ、それじゃほぼ全てじゃないか。


「そして、ホワイトムーン王国では聖女様がご結婚なさると、聖爵という爵位と聖領とよばれる領地を国王陛下より賜ることとなります。この聖爵という爵位を世襲することはできませんが、原則として聖爵の血を引く嫡子に男爵位以上の爵位が授けられます。ですので、フィーネ様と結婚すれば爵位を継ぐことができない貴族の次男や三男などでも貴族としての地位を保つことができるのです」


クリスさんはそう言うと更に言葉を続ける。


「さらにフィーネ様は世界一の【聖属性魔法】と【回復魔法】の使い手でいらっしゃいます」


うん。まあ、どっちもスキルレベルは MAX だからそれはそうだろう。


「そのうえフィーネ様はこの国のどの貴族令嬢よりもお美しく、そしてハイエルフの血縁にあたるお方として普通の人間よりも長い寿命をお持ちであると世間では見做されております。これらは子孫に遺伝するものですので、その血は確実に家系を強くすることにつながるでしょう」


うーん、自分で言うのもあれだけどこれだけ見た目が良いのは【容姿端麗】のユニークスキルのおかげなんだけどな。


「平民であればエルフの血統は迫害や誘拐などの対象となることもありますが、聖爵の家系であれば間違いなく崇拝の対象となります。これほどの好条件の女性に婚約者がいないという事は通常では考えられません」

「ええと、つまり?」

「入れ食い、ということでござるな。はは、フィーネ殿。選り取り見取りでござるよ?」


そういってシズクさんが冗談めかして笑う。


「いやいや、私そういうのはいりませんから。なるべくシャットアウトする方向でお願いしいます」

「かしこまりました」


私がうんざりしながらそう言うと、クリスさんは真顔でそう言って頷いてくれたのだった。

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