第五章第24話 テントでおしゃべり(後編)
なるほど。あの時はシズクさんから無理やり奪い取って主になろうとした形だったからそれだけ犠牲者が出たのか。
そんなことを考えていると、クリスさんが真剣な表情でシズクさんに向けて口を開いた。
「シズク殿、持ち主を選ぶという他にキリナギの伝説はないか?」
「そうでござるな。いつからか分からないくらい昔から存在しているそうでござるよ。あとは……決して折れないと言われているでござるが、その辺りは分からないでござるな」
そりゃあ、今まで折れてないからこうしてここにあるわけで、それが今後も折れないという話にはならないものね。
「なるほど」
そしてクリスさんはしばらく考え、そして真剣な表情でまっすぐ私を見据えてから口を開いた。
「フィーネ様、キリナギをお持ちになった時に何か感じませんでしたか?」
「え? ええと? うーん、どうでしたっけ? あ、シズクさん、ちょっと持たせてもらってもいいですか?」
「構わないでござるよ」
私はキリナギを受け取る。
「暖かくて心地いいですね。聖なる力が流れ込んでくるのを感じます。はい、シズクさん。ありがとうございました」
「ああ、やはりフィーネ殿はキリナギに好かれているようでござるな」
「ふふ、そうですか? それで、クリスさん。これがどうかしたんですか?」
「はい。私のセスルームニルをお持ちになった時はいかがでしたか?」
クリスさんは質問には答えずに私に質問で返してきた。
「え? うーん? ええと、たしか聖なる力がたくさん流れ込んできて気持ち良かったような記憶がありますね。あ、それから見た目と違って羽のように軽かったような?」
「そうでしたか」
私の回答を聞いてクリスさんは納得したような表情を浮かべた。
そしてクリスさんは真剣な表情で私とシズクさんを見据え、そしておもむろに口を開いた。
「フィーネ様、シズク殿、私は、キリナギは聖剣の一振りだと思います」
「へ?」
「聖剣、でござるか? キリナギは刀でござるよ?」
「シズク殿、聖剣というのは全てが私のこのセスルームニルのような剣ではないのだ」
そういってクリスさんは自身の聖剣を私たちに、特にシズクさんが見やすい位置に置いた。
「世界各地に様々な形状の聖剣があり、剣だけでなく槍や弓などもかつては存在していたと聞いている」
「そうなんですか?」
私はクリスさんとシズクさんの会話に割り込む形で質問をする。
「はい。フィーネ様。例えば、かつて聖槍アステロディアという槍がございました。これはおよそ 500 年ほど前ですが、かつてのブルースター王国出身の聖女様を選んだ聖騎士がこれを所持していたそうです。ただ、残念ながら当時の魔王との戦いで失われたと伝えられています」
「ということはブルースター出身の聖女が選ばれていない理由ってもしかして……」
「はい。聖女様を選ぶ聖剣が全て失われたからです」
なるほど。それであの恐ろしいほど熱烈で聖女様万歳な国民性ができあがったわけか。
「だが、拙者はキリナギが聖女を選ぶなどという話は聞いたことがないでござるよ? そもそもゴールデンサン巫国では聖女という存在そのものがほとんど知られていないでござる」
シズクさんが少し慌てたような表情でクリスさんに質問をしている。口調も少し早口になっている。
「私も断言はできない。だが、聖剣、いやキリナギの場合は聖刀と呼ぶべきなのかもしれんが、そうである証拠はいくつもある。まずは一つは持ち主を選び、そして正当な所有者でない者は拒絶し、最悪の場合殺してしまうという点だ。これは私のセスルームニルも、ホワイトムーンにいるもう一人の聖騎士が持つフリングホルニも同じだ」
なるほど。言われてみれば確かにそんなことを言っていた気もする。
「だが、聖女であるフィーネ様はそういったことは関係なく聖剣をお持ちになられた。私のセスルームニルも、そして別の聖女を選んだはずのフリングホルニすらもだ。そして他者を拒むはずのキリナギもだ」
うん? そんな剣、持ったことあったっけ?
私が首を傾げていると、その様子を見たクリスさんが補足をしてくれた。
「フィーネ様、お忘れかもしれませんが悪霊ジョセフの件でシャルロット様とユーグを助けた時です」
「あれ? あ、ああ? えーと、そういえば? そんなこともあったような?」
悪霊ジョセフ! うん、懐かしい。でも私としては大量のフランス人形に追い回された事のほうが印象に残っているからね。そんな剣を触ったくらいのことは忘れていても仕方ないと思うの。
ともあれ、私は思い出していないのだが思い出した風な態度に満足したのかクリスさんは再びシズクさんに話し始めた。
「そして何より、シズク殿は聖女であるフィーネ様と出会い、そして剣を捧げた。そのことこそが何よりの証拠だ」
おい! 最後の証拠がそれかい。
せっかくクリスさんすごいって思って聞いていたのに。
「ですのでフィーネ様、王都に着きましたら一度猊下に見て頂くのが良いでしょう」
「はい。そうですね。私も懐かしい皆さんに会いたいですから」
それに、久しぶりにあのアクロバットお祈りも見たいしね。
「クリスさんっ、あたしの弓はないんですかっ?」
そんなことを考えているとルーちゃんがナチュラルに謎な事を言ってきた。
「……ルミア。ブルースターにかつて伝わっていたとされる聖弓ラオダミアは遥か昔に失われたと聞いているぞ。それに、キリナギのような知られていない聖弓が他にあったとしてもルミアが選ばれるとは限らないのだぞ? 食べてばかりいないできちんと修行をしないと」
「むぅーっ、じゃあ聖フォークとか聖スプーンとか、聖お箸を探しますっ!」
いやいや。流石にそれはないんじゃないかな?
「ルーちゃんは別に聖弓なんてなくても一緒にいてくださいね」
「はいっ! 姉さま大好きー」
ルーちゃんが喜んで私に抱きついてきた。
「ちょっと、ルーちゃん、暑いですよ。くっつかないでください」
「姉さまーっ」
こんなに騒いで他のテントの人たちは眠れたかな? 大丈夫かな?
こうして騒がしくも楽しい夜は更けていくのだった。
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