第五章第15話 チィーティエン救援戦(前編)

2021/12/14 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

================


帝都イェンアンを出発して 8 日目、予定では今日中にチィーティエンに着くことになっている。馬車に乗っているのは私とルーちゃん、それにイーフゥアさんで、クリスさんとシズクさんは将軍が用意してくれた名馬に乗っている。


本来イェンアンからチィーティエンまでは馬車で 10 日かかる。配慮ゼロの脳筋将軍のおかげでナンハイからイェンアンに移動した時のような特別な準備はされていなかったおかげで当初は 10 日かかりそうだったのだが、イーフゥアさんが想像以上に優秀だったおかげで 2 日ほど短縮された。


まず、出発と同時に官僚を動かして替えの馬を用意させ、スムーズに行軍できるように手配してくれた。そのおかげで 5 日目からは駅での馬交換や交通整理がなされることとなり進軍スピードが一気に上がったのだ。


イーフゥアさんは今回、私の側仕えとして同行してくれているのだが、これだけ優秀ならこの人を将軍の秘書にしたら良いのではないかと本気で思う。まあ、将軍の事務能力が低すぎるという説もあるのだが……。


一応、イーフゥアさんのいない間に将軍と話す機会があったのでイーフゥアさんについて聞いてみた。しかし、


「将軍、イーフゥアさん、ディアォ・イーフゥアさんのことはどう思いますか?」

「む? 聖女よ。そいつは誰だ? 俺は会ったことはあるのか?」

「ほら、今回の討伐戦に一緒に来てくれている女官さんですよ」

「……? そんな女、いたか? そいつは強いのか?」

「……いえ。大丈夫です。何でもありません」

「そうか」


と、眼中にも入っていなかった模様だ。


正直、ここまで他人を見ていない人と一緒に戦うのは不安でしかない。


一応、意中の女性がいるのかも聞いてみた。しかし、


「将軍はその武勇で多くの女性から好かれていると思いますが、意中の女性はいらっしゃるんですか?」

「意中の女性とは何だ?」

「気になる女性のことです」

「ああ、そういうことか。それならいるぞ」

「お、どんな女性なんですか?」

「聖女、お前の従者で耳と尻尾のついてる侍の女だ。あいつは本調子ではないと言っていたが、ぜひ本調子になったら戦いたい」

「……そうですか。まだしばらくかかると思いますよ。……はぁ」


と、こんな感じだった。どうやら私の完璧な計略は早くも破られようとしているようだ。


どうやって将軍とイーフゥアさんをくっつけるか、そんな作戦を考えていると馬車の外から将軍の怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 聖女! チィーティエンが襲撃されている。俺は先に出るぞ! お前は町の中に避難しろ! そこの貴様からそこまで、聖女を護送しろ! 残りは俺に続け!」

「ええっ?」


私が慌てて馬車から顔を出して外を見る。すると確かに遠くに見える町の近くで戦いが起きているようだ。そして既に将軍を先頭に一緒に来ていた兵士の六割ほどが町を襲う何かに向けて一糸乱れぬ騎馬突撃を仕掛けている。


私はじっと町を襲っているものが何なのか、目を凝らす。


あれは……あの黒いもやは!


「あれは死なない獣です。クリスさん、いや、シズクさん、将軍を呼び戻してください」

「了解でござる」


あの死なない獣に対抗できる浄化魔法が付与された武器を持っているのはシズクさんだけだ。クリスさんの剣はスイキョウとの戦いで折れてしまい、そしてまだ替えの剣を手に入れていないのだ。


というのも、ゴールデンサン巫国では刀しか手に入らなかったし、それにレッドスカイ帝国に来てからは武器を探す時間など全くなかったのだ。


なのでチィーティエンで武器を準備しようと思っていたのだが、それよりも前にあの死なない獣に出会ってしまうとは!


「クリスさんはこの部隊の移動を止めてください。その後すぐに全員の武器に浄化を付与をしますのでその交通整理をお願いします」

「はい!」

「ルーちゃんは、ここで私の護衛を」

「はいっ!」


ルーちゃんもシズクさんと一緒に前に出そうかとも考えたが、馬もなく近づかれたら何もできないルーちゃんはここにいてもらった方が良いだろう。


シズクさんは私の指示を聞くとそのまますぐに馬を走らせ将軍を追いかけていった。


「御者さん、将軍の指示はありましたがここで止まってください」

「え?」

「いいから止まってください。このままだと不要な被害が出ます」

「え? え? ですが……」

「お前ら! 止まれぇぇぇぇ!」

「はい」


クリスさんの大声が響き、町に向けて動き出していた私たちの馬車とその護衛部隊が停止する。


「せ、聖女様、これは一体?」


イーフゥアさんが私に怯えたような表情で問いかけてきた。


「町を襲っているのは死なない獣と私たちが呼んでいる正体不明の生き物です。あの獣は魔物ではないのですが人を襲います。そして、普通の攻撃では何をやっても死にません。頭を落としても、体をバラバラにしても再生します」

「そんなっ。それじゃあ私たちはっ!」

「大丈夫です。あの獣を倒す方法を私たちは持っていますから。ここでじっとしていてください」


私はイーフゥアさんを安心させるように小さく微笑むと、私は馬車を降りる。


「聖女様。お待ちください。外には魔物がおります。将軍の命令は聖女様を無事に町へとお送りすることです。荒事は我々に任せ、どうか中へお戻りください」


うーん、この人たちは私たちを何だと思っているんだ。そもそもあいつらを倒した経験があるから私たちは呼ばれたんだよ?


まあ、いいか。言い争いをしても仕方ないし、早く済ませてしまおう。


私はニッコリ営業スマイルを顔に貼り付けると、なるべく聖女様っぽい優しく凛とした声を意識して語りかける。


「皆さん、あの魔物は普通の武器では倒すことのできない呪われた魔物です。私が皆さんの剣に祝福を授けましょう。その剣でチィーティエンの町を、皆さんの愛する故郷を、民を守るのです」

「せ、聖女様っ!」

「さあ、私の祝福を欲する者は並びなさい」

「「「ははっ!」」」


すぐに私の前に行列が出来上がった。どうやらうまくいったようだ。私の演技力も中々のものなんじゃないかな?


「聖女様、お願いします!」

「はい。あなたの剣に聖なる祝福を」


──── 浄化魔法を付与っと


「ご武運を」

「はっ!」


兵士の男性は私から剣を恭しく受け取ると下がり、そして次の兵士の男性がやってくる。


「さあ、 剣をフィーネ様にお渡しするのだ」

「はっ!」


私はこのやり取りをおよそ 20 回繰り返したのだった。


さて、シズクさんは上手くやってくれているかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る