第五章第14話 蓼食う虫も……?
私たちは大宮殿の敷地内にある迎賓館へと案内された。そして今、与えられた部屋でイーフゥアさんの恋愛事情の取り調べを行っている。ちなみに、なぜイーフゥアさんがいるのかというと、彼女はそのまま私の側仕え兼秘書のような役割を皇帝陛下に命じられたからだ。
「それで、将軍との関係はどこまで進んでいるんですか?」
もしかしたら、うまいこと将軍とイーフゥアさんをくっつけられればわざわざ私たちについて来たいなんて思わないんじゃないかな?
そう、これは面白半分でやっているのではなく、練りに練られた完璧な計略だ。よく知らないけど、きっとこれは連環の計
こんな素晴らしい計略を思いつくなんて、きっと今の私には
「え? ええと、聖女様?」
イーフゥアさんが目をぱちくりさせながら私に聞き返してきた。
「言ったじゃないですか。協力しますって。さあ、そのためにも洗いざらい白状してください」
「えと、その。まだ何も……」
イーフゥアさんが恥ずかしそうに、そして消え入りそうな声でそう答える。
「ええっ? もったいないですよ。イーフゥアさんほどの美人に好意を寄せられて嫌だなんて言う人はいませんよ。きっと将軍だって!」
「そんな! 私なんか……」
どうやらイーフゥアさんはずいぶんと奥手なようだ。こういう女性は一度見初められるとすごく愛されるという印象があるが、気付いてもらうまでが大変だろう。
敵を知れば百戦……なんだっけ?
細かいことは忘れたが、まずは作戦を練るためにも相手の事を知る必要があるだろう。
「じゃあ、将軍の好みの女性はどんな女性なんですか?」
「え……? ええと、わかりません」
おおっと。まずはそこからか。
「じゃあ、普段はどんなことを喋るんですか?」
「え? その、たまにお客様を案内したときにご挨拶を……」
なんだって? それってもはや将軍はイーフゥアさんのことを認識してなかったりするんじゃないの?
「あの、イーフゥアさん。将軍の事を好きになってどのくらい経つんですか?」
「あ、その。もう 3 年くらいは……」
「ええっ! その間ずっと声もかけずに?」
するとイーフゥアさんは真っ赤な顔のまま恥ずかしそうに俯いた。
いやいや、 3 年は長すぎるでしょ!
桃も栗も実をつけちゃうよ?
これは何とかしてあげねば。命短し恋せよ乙女って諺もあった気がする。
「じゃ、じゃあ、イーフゥアさんは将軍のどういうところが好きなんですか?」
「……」
イーフゥアさんは恥ずかしそう俯いている。
「そんなもじもじしながら黙っていては助けてあげられませんよ?」
「……ところが……」
「え?」
「あの、強くて大きくて乱暴で男らしいところが……」
そう言って恥ずかしそうにまた俯いた。
うへぇ、私には理解できない。それって一歩間違えば DV まっしぐらだよね?
私が驚いてイーフゥアさんを見つめていると、イーフゥアさんがはにかむような表情で衝撃の一言を発した。
「その、あのワイルドで大きな体のルゥー・フェィ様に、冷たい目で見られてっ! 罵られてっ! それで、蔑まれながら首を絞められてっ! それから物のように扱われて……ああ、恥ずかしいっ!」
「ええぇ」
何という事だ。こんな美人なのにこの人、ドMの変態だった。
どうして私の周りには変態しかいないんだ?
「え、ええと、とりあえず、将軍がイーフゥアさんと話ができるようにそれとなく誘導しますから、頑張ってくださいね。応援しますからね!」
そうは言ったものの、私は興味本位で踏み込んだことを本気で後悔したのだった。
****
歓迎の晩さん会で私たちはレッドスカイ帝国の宮廷料理に舌鼓をうった。そしてその翌朝、私たちはチィーティエンへと向かうためイーフゥアさんに連れられて第一正殿前の広場へと向かった。広場にはすでに将軍と 50 人くらいの兵士の皆さんが既に集合していた。
「おはようございます。将軍、みなさん」
「ああ。準備はいいな? 出発するぞ」
こっちが挨拶してやった言うのになんだその態度は。全く。
「ところで将軍」
「なんだ? 聖女」
「私たちの乗る馬車はどちらでしょう?」
「ん? 馬車? そんなもの移動に時間がかかるだけで無駄だ」
「え?」
ええと、これは嫌がらせなのか? さっぱり意図が読めない。
「考えられる中でも最高の名馬を用意した。この中から好きな馬を選ぶと良い」
「はい?」
将軍が合図をすると、私たちの前に体格の大きい、そしてとても毛並みの良い馬が十頭ほど兵士たちに連れてこられた。
「どれも名馬中の名馬ばかりだ。武人ならばいくらはたいてでも欲しいと思うことだろう。こいつは瞬影と言ってな、瞬く間に影をも残さぬ速さで駆け抜けると評されるほどの馬だ。こいつほど戦場で活躍できそうな馬はそうはおるまい。それとこいつは白隼、まるで隼のごとく速く、そして高く跳ぶことができるぞ。こいつなら多少地形が険しくても戦場を駆け回れるはずだ。それからこいつは――」
そのまま将軍は一頭一頭、いかに素晴らしい馬なのかを熱心に説明してくれた。
なるほど。どうやらこれは嫌がらせでもなんでもなく、将軍は私たちにできうる限り最高の馬を用意してくれたようだ。
でもさ。
「あの、将軍」
「どうした? 聖女?」
「私とそこのルミアは馬に乗れないんですが……」
「……ああん?」
「ですから、私とルミアは馬に乗れないんです。なので、名馬を用意して頂いた事には感謝しますが、馬に乗る場合、誰かに手綱をひいて貰わないと無理です。ましてや将軍と同じように馬を走らせることなどとても出来ません」
「……」
「……」
私たちの間に微妙な空気が流れる。その空気を破ったのはイーフゥアさんだった。
「聖女様! 申し訳ございません。ただいま馬車をご用意いたしますのでしばらくこちらでお待ちください」
私たちはそういって慌てて走っていくイーフゥアさんを見送ったのだった。
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※1)連環の計というのは複数の計略の合わせ技で大きな効果を狙う計略のことです。特定の計略を指すものではありませんが、このフィーネちゃんの計略(笑)は単にくっつけるだけなので連環の計とは言えません。連環の計の中でも特に有名なものの一つに、三国志演義における赤壁の戦いで劉備軍の軍師の一人である龐統が曹操に仕掛けたものが挙げられます。
曹操「うわっ……私の兵たち、船酔いしすぎ……? 誰か助けてっ!」
龐統「Hey! Yo! Yo! SoSo さん Yo! 鎖で舟をォ 繋いで Yo! 固定すればァ 揺れない Yo!」
曹操「ははー! さすがは龐統先生! 揺れない! 酔わない! もう吐かない!」
黄蓋「ムキー、もう孫権には愛想が尽きたンゴ。裏切って曹操様の配下になるンゴ」
曹操「よしよし。いいだろう。しっかり働くんだぞ」
黄蓋「馬鹿め、曹操死ぬンゴ!(自分の舟に火をつけて自爆特攻)」
孔明「あ、よく燃えるように西北の風さんから東南の風さんにチェンジしておきました」
曹操「げっ、舟全部燃えた。おのれ謀ったな! 龐統!」
龐統「計画通り(ニヤリ」
と、このように「舟を鎖でつなぐ」「偽装裏切り」「季節外れの東南の風」と三つの計略を合わせて最後の「火攻め」という計略の成功に繋げています。
※2)今孔明というのは竹中半兵衛という戦国時代に活躍した豊臣秀吉の軍師の一人で、三国志で有名な諸葛亮(孔明)とは別人です。
※3)彼を知り己を知れば百戦
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