第五章第11話 帝都へ

イーフゥアさん――もちろんディアォ・イーフゥアさんの下の名前で、話しているうちにイーフゥアさんと呼んで良いとなったのだ――に案内された宿で一泊した私たちは帝都へ向けて出発し、そしてその帝都まであと少しというところまでやってきた。ここまでの旅路はナンハイから川を遡り、そして運河を繋いで舟で 3 日、そこから馬車に揺られて 2 日間旅をしており、今日で 3 日目だ。


ちなみに通常の旅だとこの倍はかかるのだという。


というのも、今回の私たちの旅は皇帝陛下の権力を最大限に利用しているのだ。舟は軍舟を使い、港も最優先で使わせてもらった。そして馬車も馬を途中の駅で次々と交換するというやり方をすることで、普通ではあり得ないようなペースで進んでいるのだ。さらにその道も兵士たちが警備して飛ばせるように交通整理まで行われている。


ここまでされると何か良くないことが起こっているのではないかという不安に襲われてしまう。


ちなみに、このイーフゥアさんが皇帝の勅命を受けてナンハイの港に案内役としての待機命令を受けたのが今からおおよそ二か月前、ちょうどクリスさんがテッサイさんのところで修行に励んでいた時期だ。


どうやらレッドスカイ帝国は私たちがゴールデンサン巫国へと向かう船に乗ったことを把握しており、戻ってくるならナンハイしかあり得ないということで網を張っていたそうで、私たちはその網に見事に引っかかったようだ。


そしてこのイーフゥアさん、お父さんはとっても偉い大臣のようなポストに就いている官僚で、税金の徴収や農政の管理、それに塩や煙草などの専売品の統制までしているらしい。


つまりイーフゥアさんは偉い人のご令嬢なのだ。しかもものすごい美人さんで、さらに二胡という楽器の演奏も上手というまさにイメージ通りのお嬢様なのだ。しかし本人は官僚の登用試験に合格しており、官僚としてバリバリ仕事をしたいのだそうだ。


だが、その偉いお父さんから気に入らない縁談を次々と持ち込まれて、現在プチ喧嘩中なのだそうで、この突然のナンハイ待機命令を聞いた時は渡りに船とばかりに嬉々としてナンハイへとやってきたのだそうだ。


「イーフゥアさん」

「はい、何でしょうか?」

「イーフゥアさんは、好きな人とかいないんですか?」


これほどの女性が親の決めた縁談が嫌だなんてことを言っているのだから、聞いてみたくなるのが人情というやつだ。


「えっ……」


お、顔を赤らめたぞ。さては好きな人がいるな?


「私、やっぱり結婚するなら親の決めた相手ではなくて好きな人との方が良いと思うんですよ」

「えっ、そっ、そんな……」

「ふふ、今度こっそり教えてくださいね? 協力しますよ?」

「え? えっ? えっ?」


イーフゥアさんが真っ赤になっている。


「イーフゥアさんくらいの美人なら、きっと男の人は大喜びだと思いますよ?」

「……そんな、聖女様や皆様と比べたら私なんて……」

「そんなことありませんよ。イーフゥアさんはすごい美人ですよ!」

「そんな……」


と、そんな会話をしているとルーちゃんが割り込んできた。


「そんなことよりイーフゥアさんっ! イェンアンには今日着くんですよねっ? おススメの料理はなんですかっ?」

「はい。アヒルの窯焼き、チャオズ、マントウあたりは有名です。その他にも麺類は様々な種類のものがありますのできっとお好みのものが見つかると思いますよ」

「わーい、楽しみですっ!」


むう、この食欲娘め。せっかく今良いところだったのに。


そんなことを思っていると今度はクリスさんが私に話しかけてきた。


「フィーネ様が他人の色恋に興味を示されるとは、珍しいですね」

「私自身が恋愛したいとは全く思わないですけど、他人の色恋沙汰には多少の興味はありますよ。それに、そもそも今までまともな男女関係に遭遇したことが一度もないじゃないですか」


奴隷にしたりして力ずくで無理やり従わせようとする人とか、鞭で叩かれて喜ぶ人たちと叩く人(?)とか、会うなりいきなりプロポーズしてくる人(?)とか、どう考えても現在進行形のまともな男女関係に一度も接していない気がするのだ。


するとクリスさんが何か思案するように虚空を見つめ、そしておもむろに口を開いた。


「シャルロット様とユーグはいかがでしょう?」

「はい?」

「ですから、シャルロット様とユーグです。お忘れですか? ホワイトムーン王国のもう一人の聖女候補と聖騎士です。フィーネ様、シャルロット様とは仲良くされていたではありませんか」

「は? え? え?」


何? あの二人付き合っていたの?


「おや? フィーネ様、ご存じなかったのですか? ミイラ病の騒動の少しあとに、シャルロット様が聖女としての務めを立派に果たし、そしてユーグがシャルロット様を見事に守り抜いたならば結婚を認める、という話になったと騎士団の仲間から聞いております。元々ガティルエ家とエルネソス家なので家柄としても釣り合いが取れていますし、割とすんなりと決まったそうですよ」

「はい?」


私、その頃にもちょくちょく会っていたはずなのに教えてもらってない。


あれ? もしかして友達だと思っていたのは私だけ?


ショック……!


「フィーネ様、シャルロット様は大変勝気な性格ですので、おそらくご自分からは言い出せなかったのではないでしょうか? それに、もしかしたらフィーネ様は既にご存じだと思い込んでらしたのかもしれませんね。昔からシャルロット様はユーグにご執心でしたから」

「……そう、なんですね……」

「それに、ユーグにご執心だったご令嬢は非常に多くいらっしゃいましたから。ですので、大々的に発表してあらぬ噂や余計な波風が立つのを避けるために内緒にしていたのかもしれませんね」

「なるほど」


確かに、ユーグさんは高身長でものすごいイケメンだもんね。女性からキャーキャー言われていてもおかしくはないか。


うん、爆発しろ。


「よし、決まりですね」

「何がでしょうか? フィーネ様」

「皇帝陛下の用事を済ませてイーフゥアさんの恋愛を成就させたら、王都に戻りましょう」

「王都へ、ですか?」

「決まっているじゃないですか。シャ……じゃなかった、旅の無事と成果をお世話になった皆さんに報告するためにです!」

「……そうですか。ではそうしましょう」


あれ? なんだか馬車の中の空気がおかしいような?


き、気のせいだよね? そうだよね?

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