第四章第23話 シンエイ流道場の日常

「礼!」


ここはテッサイさんの道場の中庭だ。テッサイさんのお弟子さん三人と新弟子のクリスさんが袴姿で木刀を携え、テッサイさんの前に整列して礼をしている。


「素振り! 一! 二! 三! 四!」


私はテッサイさんの道場の縁側に座って稽古の見学をしている。


どうやらクリスさんは負けたら入門するという約束をしていらしくそのままテッサイさんの道場に入門することとなった。というか、言い訳をしていたので問答無用で私が入門させた。それも住み込みで、だ。


あ、ちなみに私とルーちゃんはテッサイさんの腰を治したお礼としてお客さんとして泊めてもらえることになった。


もちろん、シズクさんの事を忘れたわけではない。だが、クリスさんはシズクさんに続いてあれほど高齢のテッサイさんにも負けてしまった。それにあのベルードという魔族には手も足も出そうにないレベルで差があったし、私抜きで戦ったらアーデにも勝てないのではないかと思う。


思い返してみると、私のお世話ばかりしてもらっていたせいでクリスさんの修行の時間を奪ってしまっていたのかもしれない。そう考えると、クリスさんもここで一度しっかり修行しなおしておくのも悪くないのではないだろうか?


クリスさんが修行している間に私たちで探せば良いわけだし。


それに、私はどうもテッサイさんがシズクさんの行方を知っているような気がするのだ。テッサイさんは私が聞いてもぼんやりとはぐらかすのだが、決して知らないと言わない。どうにも何かを隠しているような気がしてならない。


さて、見学しているが稽古はずいぶんと大変そうだ。基本的には素振りから始まり足さばきの練習、そして型――打ち込んでから切り返したりとかしていたけど、その呼び名であっているのかな?――の稽古、そして練習試合で終わるらしい。


ここまでやったらお昼休憩で、午後からは体力づくりのためのランニングと座禅による精神面の修行をしたり剣術についての座学をし、夜は反省会をして終わる。


ちなみに道場の掃除というものもあるのだが、これは新弟子のクリスさんの仕事だ。しかも掃除は労働ではなく精神の修行という面があるのだそうで、お世話になっているお礼として私も手伝うと申し出たのだが、クリスさんの修行にならないからとテッサイさんに断られてしまった。


しばらく見ていると午前の稽古が終わったようだ。私は汗をかいた門下生のみなさんにタオルを渡す。


「はい、みなさん。タオルですよ」

「おお、これはかたじけないでござる」

「フィーネちゃんありがとうござる」

「ああ、最高でござる」


私が配ったタオルをお弟子さんたちが受け取る。順番にイッテツ・トミオカさん、ヤスオ・タノウエさん、ソウジ・サイトウさんだ。イッテツさんが一番年上で 35 才、ヤスオさんが 25 でソウジさんが 29 の男性だ。みなさん十代のころからこの道場に通って修行しているが未だに『中伝』という状態らしい。初伝、中伝、皆伝と三段階あり、皆伝まで行けば卒業ということになる。


「はい。それじゃあお昼ご飯にしますから、食堂に来てくださいね」


私はタオルを回収して洗い場に持っていくと、そのままキッチンへと向かう。そこには作り置きの昼食が並べられている。菜の花のおひたしと油揚げのお味噌汁、玄米ご飯とお漬物が少々だ。運動している人の食事としてはずいぶんと質素な気もするがこれが庶民の平均なのだろう。


私はお味噌汁を温め、そしてそれらを手早く盛り付けると食堂へと持って行く。


「わーい、ごはんっ!」


ルーちゃんはいつも通りだ。


「ルーちゃん、お片づけは手伝ってくださいね」

「えー?」

「じゃあ、お洗濯を手伝ってください」

「はいっ! 任せてくださいっ!」

「……」


理由は分からないが普段の食事関係だけは働く気がないらしい。ルーちゃんと結婚する人は大変そうだなぁ、などとどうでもいいことを考えながら配膳を済ませていく。そして配膳が済んだところで席に着き、テッサイさんの「いただきます」を合図に食べ始める。


「「「「いただきます」」」」


いつも通りクリスさんはお祈りをしてルーちゃんは特に挨拶無しだ。ちなみにクリスさんは胡坐をかいているが私とルーちゃんは横座りをしている。


や、だって正座は痛いし。それに胡坐をかくと服によっては見えそうだし。


この国では女性が胡坐をかいてもはしたないという話にはならないようだが、流石に、ね?


「そうじゃ。折角来たのだしフィーネちゃんとルミアちゃんも剣術の体験入門でもしてはどうかの?」


テッサイさんがご飯を口に運びながらそんな事を申し出てくれた。


「テッサイさん、よろしいんですか? ただでさえうちのクリスさんがご迷惑をおかけしているのに……」

「ふぉふぉふぉ。かまわんよ。むしろ、二人のような可愛らしい初心者が入ってくれればそこの男どものやる気が出るじゃろうて」


うーん、そういうものだろうか。


「じゃあ、よろしくお願いします。ルーちゃんはどうしますか?」

「ほぇ?」


山盛りの玄米ごはんを食べるのに夢中で何も聞いていなかったようだ。


「ルーちゃん、テッサイさんが折角なので体験入門してみてはどうかと誘ってくれていますよ」

「はーい、やりますっ! なんか面白そうですねっ!」


ルーちゃんは特に考える風でもなく二つ返事で了承する。


「ふぉふぉふぉ。決まりじゃの。じゃあ、こ奴らが走りに行っておる間に少しばかり手ほどきしてやろうかの」

「よろしくお願いします」


こうして私たちのシンエイ流体験入門が決まったのだった。

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