第四章第22話 シズクを探して(5)

うどん屋さんの中に入ると鰹と昆布の出汁の香りが漂ってくる。ずいぶんな繁盛店のようでお客さんも多く入っており、店内はほぼ満席に近い。私は入り口に向かい合わせの席に座る。


「いらっしゃい。外国のお嬢ちゃんたち。何にするかい? おススメは天ぷらうどん、釜玉うどん、鴨南蛮うどんだよ!」


恰幅のいいおばさんが私たちのところにメニューを持ってきてくれる。


「じゃあ、わたしは天ぷらうどんで」

「じゃ、あたしは釜玉うどんと鴨南蛮うどんお願いしますっ!」


おや? ルーちゃんにしては少ないような?


「おや、そんなに細いのに大丈夫かい?」

「あれ? ルーちゃん、それしか食べないんですか?」

「え?」


おばさんが怪訝そうな顔で私とルーちゃんの方を交互に見ている。


「えへへ、ちょっと食べ歩きしすぎちゃってあんまりお腹空いていないんです」


照れた表情のルーちゃんが私にそう言う。


「あ、ええと、おばさん。この子はものすごくよく食べる子なんです。普段はその倍くらいは食べているので大丈夫だと思いますよ」

「そ、そうかい。人は見かけによらないものだねぇ。ま、ちょっと待ってておくれよ」


若干ひきつったような表情でそう言ったおばさんは厨房へと下がっていく。そしてしばらくするとうどんが運ばれてきた。


私の天ぷらうどんはえび天とかき揚げが乗っている。口に入れるとサクッとした衣の食感がたまらない。そして表面に染み込んだお出汁の香りが鼻に抜けていき、プリプリの食感のエビのうまみが口いっぱいに広がっていく。


「ああ、これは美味しいですね」

「えー、いいなー。あたしも次は天ぷら頼みますっ!」


そう言いながらルーちゃんはするするとうどんを平らげていく。


「そうですね。しばらく滞在する予定ですからまた来れますよ」

「はーい。あ、姉さま。あたしはこの鴨南蛮のほうが釜玉うどんより好きです。でも、この半分生の玉子はとっても美味しいですよっ!」


うん、知ってる。半熟玉子って美味しいよね。そういえば生で食べられる玉子はあるのだろうか? あるなら TKG という至高の料理が楽しめるわけだが。


あ、でも別に食あたりになっても【回復魔法】で治せば良いのかな? いや、でもお腹を壊すのは嫌だし、やっぱりできるなら安全なものを食べたほうがいいかな。


そうこうしているうちにうどんを食べ終えた私たちは他のお客さんに遠慮してさっとお店を後にした。このうどん屋さんはリピートしても良いかもしれない。


「ルーちゃん、あのお店は美味しかったですね」


私は通りを南に向かって歩きながらルーちゃんと雑談をする。


「そうですねっ! あたしも今度は天ぷらうどんと言うものを頼んでみますっ! あとはお腹を空かせて行かないとですねっ!」

「あはは。ルーちゃんがお腹を空かせて行ったらお店の人は大変ですね」


私たちが楽しくそんな会話をしていると、腰を抑えて蹲る白髪のおじいさんが目に飛び込んできた。


「おじいさん、大丈夫ですか? 動けますか?」

「うぅぅ、ちょっと持病の腰痛がのぅ。すまんの。ちょっと休んで居れば大丈夫じゃ」


おじいさんはそう言いながらも脂汗をかいているように見える。表情は見るからに苦しそうで、呼吸も浅い。それに返事をしているのに私のほうを見る余裕もなく、目もぎゅっと閉じている。


「治療しますね。少し静かにしていてください」


私はおじいさんの腰に手を当てると腰に治癒魔法をかける。重傷だったのか、古傷だったのか、慢性の持病なのかは分からないがかなり頑固な怪我のようで、しっかりと魔力を持っていかれる。しかし根気強く治癒魔法をかけ続けると徐々に顔色が良くなっていき、そしておじいさんの表情は穏やかになっていった。


私は手応えがなくなったところで治療をやめておじいさんに声をかける。


「お加減はいかがですか?」

「お、おお、おおおぉぉぉ、痛くない。あれほど悩まされておった腰痛が……」


良かった。どうやら上手く治療できたらしい。


「姉さまの治療であんなに時間がかかるのって珍しいですね」

「はい。なかなか頑固な怪我でした」


言われてみるとこんなに時間がかかったことは今までなかったかもしれない。ということはそれほどの重傷だったと言うことなのかもしれない。


うん、助けられてよかった。


「おお、異国のお嬢さんや、何かお礼をさせてはくれんかの?」

「うーん、お礼ですか。別にお礼をしてほしくて治療したわけではないのですが……」

「そうは行かぬ。このテッサイ、受けた恩は必ず返すと決めておるのじゃ。是非とも我が家にお越し頂けぬか?」

「え? ええと?」


私は半ば強引にこのテッサイさんというおじいさんの家へと連れてこられた。テッサイのおうちは中々に広いようだがややボロいというのが印象だ。私たちはその裏口から中に入る。


「さ、どうぞお上がり下され」

「はい、お邪魔します」


靴を脱いで家に入ると私たちは畳張りの応接間へと案内される。すぐにテッサイさんがお茶を淹れてくれた。


「さて、改めまして、ワシはテッサイ・ミネマキと申す。ワシの腰を治していただいたこと、深く感謝いたしますぞ」

「私はフィーネ・アルジェンタータです。こちらはルミア。友人を探してこのミヤコまでやってきました」


私がそう名乗るとテッサイさんは一瞬目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。


あれ? 私何か変なこと言ったかな?


しかしすぐに先ほどまでの穏やかな表情に戻った。そしてテッサイさんが口を開こうとしたその時、襖の向こう側に人がやってきた気配を感じた。


「入れ」

「お客様がお越しのところ、失礼するでござる」


そう向こう側から声がし、そして襖が静かに開けられる。襖を開けた人は壮年の男性で、土下座をしていた。


「どうしたのじゃ?」

「は。道場破りでござる」

「ふむ。なるほど。フィーネ殿。少し用事を済ませてくる故少しばかりこちらでお待ちいただけぬかの?」

「え? は、はい」

「それでは、一旦失礼しますぞ」


そう言ってテッサイさんは私たちを残してどこかに行ってしまった。道場破りということは、ここは剣術道場で誰かが「たのもー」とやってきたのだろう。


そんなことをしそうなのはシズクさん以外に思い浮かばないわけだが、一体どんなやつなのだろうか?


シズクさんだったらいいのにな、と思っていると先ほどの壮年男性が私たちにおせんべいを運んできてくれた。


「師匠とのお話し中に申し訳ないでござる。私が道場破りの女子おなごに敗れてしまったが故……」

「え、道場破りは女の人なんですか? どういう人なんですか?」


私はお茶とおせんべいをつまみながらこの人に質問する。


もしかしたら、本当にシズクさんかもしれない。


「女子にしては背が高かったでござるな。金の髪でクリスティーナと名乗る外国人でござるよ」

「「ぶっ」」


私とルーちゃんが同時にお茶を吹き出した。


「ちょっと! その道場破りのところに案内してください。止めますから!」

「え? え? わ、分かったでござる」


そうして連れて行ってもらった先で見たのは大の字になってひっくり返り、テッサイさんに木刀を突きつけられているクリスさんの姿だった。

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