第四章第6話 雪山の幽霊
ニシミネ山脈にも夜の帳が降りてきた。相も変わらず降りしきる雪は私たちの視界を白く染めあげている。
「はあ、全然止みませんね」
「ですが、風が止んだだけ大分マシですよ」
「そうですね。夕飯を食べたら休んでもいいですか?」
お昼から結界を張り続けていたので私も少し疲れてきた。これなら風でテントが飛ばされる心配もないだろう。
「フィーネ様はずっと結界を維持してらっしゃいましたからね。ゆっくりお休みください」
クリスさんがそう言ってくれたのは正直ありがたい。昼のシチューの残りを食べると私は早々に寝袋に包まれて眠りにつくのだった。
****
そしてしばらくすると私はふと目を覚ました。隣にはルーちゃんが寝袋に包まれて熟睡している。むにゃむにゃと幸せそうな表情で眠っているので、食べ物の夢でも見ているのではないだろうか?
「むにゃ、らーめん……」
ほら、やっぱり。
どうやらルーちゃんはラーメンを相当気に入ったらしい。
その時だった。
どこからともなく女の人のすすり泣くような声が聞こえてきた。
しくしくしくしく
一瞬、背筋がゾクりとした。
「クリスさん?」
私は急いで寝袋から出るとテントの外を確認する。相変わらず雪は降り続いている。
「おや? フィーネ様、お目覚めですか?」
テントの前に座り見張りと火の番をしてくれているクリスさんが私に気付いて声をかけてきた。
「はい。目が覚めてしまいました」
しくしくしくしく
また聞こえた。私ははっとして辺りを見渡すが何の気配もない。
「フィーネ様? どうしましたか?」
「え? クリスさん、何か聞こえませんでしたか?」
「いえ? 私には何も」
うーん? これはもしかして幽霊ってやつか?
しくしくしくしく
「あ、また聞こえました。女の人が泣いているような声が聞こえる気がするんですけど、クリスさんは聞いていませんか?」
「私には何も。ですが、寝ぼけてらっしゃる、というわけではなさそうですね」
「うーん、こっちのほうから聞こえてきているような気がするんですけど……」
私は少し歩いて木の後ろ側を確認するが、そこには誰もいない。
「うーん、やっぱり誰もいませんね。気のせいだったかもしれません」
私はクリスさんの方を振り返りクリスさんの元へと歩いていく。すると、クリスさんが腰を抜かしている。
うん? 何だか顔面蒼白になっているような?
「クリスさん、どうしましたか?」
「ふぃ、フィーネさま、う、うし、うし、うし……」
「牛?」
「うう、うし、うしろー!」
私はクリスさんの声で振り返るがやはり何もいない。
「なんだ、やっぱり誰もいないじゃないですか」
私はクリスさんの方へと向き直る。だがクリスさんには何かが見えているようで怯えた様子で後ずさりしている。
「ひっ、ひぃぃぃぃ。じょ、じょ、じょうかー! しょうかー!」
クリスさんがパニック気味に浄化魔法を使おうとするが、もちろん何も起こらない。
どうやら私のプレゼントした本で勉強してくれているようだが、まだ【聖属性魔法】のスキルが生えてきたわけではないようだ。
それにしても、いくら慌てているとはいえ「しょうか」はないんじゃないかな?
まあ、クリスさんがこうなると言うことは幽霊的な何かを見たと言うことだろう。
しかし、しくしくと泣いてアピールする癖に私が振り返るといなくなるなんて、この幽霊さんは恥ずかしがり屋さんかな? それとも単なるかまってちゃんなのかな? それともだるまさんがころんだでもしたいのかな?
私はもう一度振り返るがやはり誰もいない。
「いい加減に出てきたらどうですか? 何の用があるのかは知りませんが、話くらいは聞きますよ?」
しかし返事はない。もちろん泣き声もだ。
「うーん、面倒ですね。この幽霊さんは恥ずかしがり屋さんみたいですし、こちらに害を及ぼしているわけでもないので放っておきましょう。用があるならまた来るはずです」
それに、広範囲に浄化魔法を放っても疲れるしね。
「というわけで、私が結界を張っておくのでクリスさんは休んでいてください」
面倒くさくなった私はテントの周りに内部を浄化するように結界を張る。これでさっきの幽霊は入ってこられないはずだし、侵入していたとしても浄化されるだろう。
「あ、ありがとうございます。フィーネ様!」
「いえ。それじゃあゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
クリスさんがテントへいそいそと入っていったのを見送った私は火の前に腰かけると、いつもの様に小石への付与をしては時間を潰すのだった。
すると、その後かまってちゃんの幽霊がやってくることは無かった。
うん、解決。めでたしめでたし。
****
翌朝になると私たちのテントのそばには石ころが積み上がり、小さな山が出来上がっていた。
どうしてこうなったかって?
もちろん、犯人はこの中にいる。私だ。
暇に任せて一晩中ずっと浄化魔法を小石に付与しては捨てるということを繰り返していただけなのだが、気付いたらこの量になっていた。
何故かは分からないがまるで MP 切れになる気配がなかったので、ちょっと調子に乗って付与し過ぎてしまった。夜中は気にならなかったのだが、明るくなって改めて見てみるとちょっと酷い光景だ。
おそらく、2,000 ~ 3,000 個くらいは付与したのではないだろうか。
おかげで収納の中の小石をほぼ全て使い切ってしまった。石の場合は再付与ができないのでまたどこかで小石を拾っておかないと付与の練習用に支障が出てしまう。
「姉さま、昨日はずいぶんたくさん作ったんですね」
そんな小石の山を見たルーちゃんは何とも言えない表情をしている。
「あはは。暇だったのでちょっとやりすぎちゃいました」
そんな話をしながら私は収納からお味噌汁の入った鍋を取り出すと火にかける。
銀世界にお味噌とお出汁の柔らかな香りが漂い始めたのだった。
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