第四章第5話 ニシミネ山脈
2021/12/14 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
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サキモリで二泊した私たちはゴールデンサン巫国の首都ミヤコを目指して出発した。宿の女将さんがシズクさんと思しき人の行き先がミヤコらしいという情報を仕入れてきてくれたおかげで、私たちもミヤコへと向かう決心ができたのだ。
サキモリからミヤコへ向かうルートはいくつかある。その中でもニシミネ山脈という山岳地帯を越える道が一番の近道らしい。今は三月、春とは言え山を越える道にはまだ多少の雪が残っているそうだ。しかし、山越えをせずに海沿いを大きく迂回するルートを選ぶと三週間ほどの遠回りになってしまうらしい。
色々と情報を集めてみた結果、山越えの道はきちんと整備されているうえこの季節であればもう吹雪くことはまずないとのことだった。そこで私たちは時間を優先して山越えルートを選択した。
そうしてサキモリを出発してから十日、しっかりと整備された街道のおかげでここまでの道のりは順調だ。
今日からはニシミネ山脈越え、この街道最大の難所だ。その話を聞いた私たちはファンリィン山脈越えのあの恐ろしい桟道を思い浮かべていたのだが、いざ歩いてみればどうということはないただの整備された山道だ。
しっかりと石段が組まれており、法面も石垣が積まれしっかり補強されている。あの道と比べればこの道はもはや町中と言っても過言ではないかもしれない。
私たちは石段を踏みしめながら一歩一歩階段を登っていく。
そうしてしばらく登っていくと、残雪をところどころに見かけるようになった。
「おー、雪ですっ!」
雪を見てルーちゃんのテンションが上がっている。そういえば、これまでの旅で小雪が舞うようなことはあっても積もっているところを見るのは初めてだ。
「姉さま、冷たいです! ほらほらっ!」
ルーちゃんが手に持った雪を私に見せてくる。
「ルーちゃん、この先に行けばもっとたくさんありますよ」
私は道の先を見ながらそう告げる。この標高で残雪があると言うことは上のほうはまだしっかり積もっているに違いない。
「ホントですかっ? 楽しみですね、姉さま」
「え? ううん。どうですかねぇ」
どちらかというと雪なんて積もっていない方が歩きやすいのでありがたいのだが。
「ルミア、あまりはしゃぎすぎないように。いつ魔物や野盗が襲って来るか分からないぞ?」
「えー、だってこの国に来てから魔物も盗賊もいませんでしたよ?」
「だからといって気を抜いていいかどうかは別の問題だ」
「むうぅ」
クリスさんが注意するがルーちゃんは不満そうにしている。
もちろん言っていることはクリスさんのほうが正しいのだろうが、ルーちゃんのその気持ちも分からないではない。何しろ、魔物の気配は欠片もないし、この国に入ってからは何かしらの小さな犯罪を目撃したことすらないのだ。
途中で立ち寄った村々もずいぶんと豊かなようで、食べ物に困った様子もなければいわゆる孤児やストリートチルドレンのような存在も見かけなかった。
一体どのような統治をすれば地方の村にまでこんな豊かな生活を届けられるのだろうか?
この国の女王様であるスイキョウという人はよほど優秀なようだ。
それに、どうやっているのかは分からないが魔物が出てこないというのもすごいと思う。
もう、このスイキョウさんが世界を統治すれば魔物もいなくなって勇者も聖女もいらない平和な世界になるんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら石段を登り続けていると、ついに残雪が道の上にも現れ私たちの歩みを邪魔し始めた。
「うえっ、歩きにくくなってきました」
「ほらほら、こんなところで根を上げるな。黙々と歩いてらっしゃるフィーネ様を見習え。全く、ルミアは子供なんだから」
「根なんかあげてませんよっ。それにあたしと姉さまは一つしか違わないじゃないですか。最近は背だってちょっとづつ追いついてきたんだからっ!」
いや、そういう話ではないと思うのだけど……。
なおも私たちは山道を登り続ける。途切れ途切れに道を覆っていた残雪がついに途切れなくなってしまった。積雪は数センチといったところか。
そんな折、私たちの周りにちらちらと小雪が舞い始めた。
「あ、姉さま。雪が降ってきましたね」
「本当ですね。先を急ぎましょう。雪が強くなる前に峠を越えて次の町に着いておきたいですから」
「はーい」
「そうですね、フィーネ様。先を急ぎましょう」
雪が強くならないことを祈りながら私たちは歩を速める。
たとえ道を間違えたとしてもルーちゃんの力があれば遭難することはないだろう。だが、吹雪で閉じ込められてしまうと身動きが取れなくなってしまう。そちらは大問題となるだろう。
しかしそんな私たちの思いとは裏腹に雪はどんどん強くなる。そして風も出てきて視界も徐々に悪くなってきた。
「うーん、まずいですね。ルーちゃん、ここはまだ道の上ですよね?」
「え? えーと、はい。そうみたいです」
「まだお昼前だと思いますが、今日はここで野宿にしましょう」
「え? 姉さま進まないんですか?」
「道も分かりづらいですし、これだけ視界の悪い中進むとはぐれて迷子になってしまうかもしれません」
私は色々と怖いので早々に進むのを諦めることにした。私は登山の専門家というわけではないが、視界の悪い中歩いて転んだり崖から落ちたりという事態は避けたい。
「でも……」
ルーちゃんはまだ進みたそうにしている。
「ルミア、私もフィーネ様に賛成だ」
「むぅ」
「ルーちゃんは森の中を一人で進めるかもしれませんが、私たちはそうはいきません。もしルーちゃんとはぐれてしまったら私たちは遭難です。それに、私だけがはぐれると二人はテントと食料を失います。それならせめて雪が止んでから行動したほうが良いと思いませんか?」
「……わかりました」
最後にはルーちゃんも納得してくれたのでテントを張り、早めに野宿をすることにした。
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風もますます強くなってくる。やはり進まなくて正解だったようだ。あのまま進んでいてもすぐに立ち往生したことだろう。
ちなみに、私が結界を張ったのでテントの周囲は快適そのものだ。つまり、私が起きている間はたとえ猛吹雪になろうともこのテントの安全が保たれるはずだ。
私は収納の中に保存してあったシチュー入りの鍋を取り出すとたき火で温め昼食にする。先に進みたがって不満そうだったルーちゃんもパンとシチューで幸せな顔に戻ってくれた。
「フィーネ様、これは何とも不思議な光景ですね」
パンをシチューに浸して食べるクリスさんが結界の外の光景を見つめながらぼそりと呟く。
「……そうですね」
自分のやっていることではあるのだが、吹雪いてる屋外にいるのに無風というのは何とも不思議な気分だ。
「すぐに止んでくれると良いんですが……」
私は希望的観測を口にする。だが私の期待とは裏腹に吹雪はますます強くなっていったのだった。
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