第三章第36話 山の中の廃村

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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私たちはシルツァの里近くの三か所の毒沼を浄化すると、十日以上お世話になったこの里を後にした。


里にはお世話になったお礼としてリーチェの生み出した種をいくつか残していった。


一つは私が手ずから里の中に植え、残りはまた毒沼が発生した時に現地に植えてもらうことになった。


リーチェの出す種は私が魔力を与えなくても瘴気や毒などを少しずつ浄化しながら成長する力があるそうなので、毒沼に悩まされ続けたこの地域にはうってつけな代物だと思う。


この里の皆さんもこの森も、そしてシルツァ湖群のこの美しい風景も未来に受け継がれていく。そんな希望を託して私たちはお世話になったこの里を後にしたのだった。


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そして、私たちは南東の離れた最後の一か所の浄化をするため、地図で示された場所付近にやってきた。シルツァの里からその場所までは歩いて二日間もかかった。


しかも森の民であるルーちゃんの能力のおかげで半分枯れた藪や枝を刈ったり、倒木を避けたりという労力を割くことなく進めてなおこれだけの時間が掛かったのだ。


やはり森でのルーちゃんはとても頼もしいと素直に思う。


「姉さまっ! この先みたいです」


どうやら着いたようだ。ルーちゃんが元気にそう告げてくる。


ちなみに、心配していたマシロちゃんの食事だがどうやら私たちと同じ食べ物でなくても良いようで、そのあたりに生えていた緑の草や木の皮を勝手に食べていた。


ただ、その食欲がちょっと旺盛すぎる気がする。その量たるやマシロちゃんを放置するとすぐにハゲ山が出来上がるんじゃないかと心配になるレベルだった。なので今後は私たちで食事を用意してあげたほうがいいかもしれない。


ほら、前の世界でも鹿の食害が、みたいなニュースが流れていた気がするし。


そんなことを思いながら最後の枯れ藪を抜けた私たちの目に飛び込んできたのは、崩れ落ちたボロボロの廃墟だった。


え? こんな場所に人が住んでいたの? 畑になりそうな場所もないのに?


「このような場所に村があったとは……」

「ここで生活するのは大変だったでしょうね」


クリスさんの呟きに私は感想を返す。


廃墟の中へ入ってみると、ほとんどの建物は石で補強された基礎部分を残して残っていない。


村の一番奥まった場所にある大きな石造りの建物だけが半壊した状態で残っているようだ。


村長さんの家的な何かかもしれない。そう思った私たちはその石造りの廃屋へと歩を進める。


やはり、毒沼が発生したことが原因で放棄されたのだろうか?


山あいの狭い狭い平地に築かれた廃村を歩きながら時の流に埋もれた当時の人々の生活に思いを馳せる。


そうして歩いていると、その石造りの廃屋の向こう側に広い池があるのを発見した。


「あそこが汚染源、ですかね?」

「フィーネ様、行ってみましょう」


私たちは廃屋の脇をすり抜けて池のほとりにやってきた。


廃屋の裏手はかなりの広さの平地となっており、一見広場のようにも見える。


だが、もしかしたらここがこの村の畑だったのかもしれない。


そんな広場の端のあるものに私の目にまった。


「お墓、ですね……」


そう、誰かのお墓らしき石碑が立てられているのだ。そして、どうやら誰かが今でもお参りに来ているようで、しっかりと手入れをされた形跡がある。


その墓石には「エルザ」と名が刻まれていた。


「こんな山奥まで誰かがお参りに来てくれているなんて、きっと、このエルザさんという方はさぞ愛されていたのでしょうね」

「そうですね。やはりツィンシャから、でしょうか。だとすると道があるのかもしれませんね」


確かに。そうだとするとありがたい。


「池はやはり毒に侵されているようでござるよ」

「では、やはりその毒が原因で村が放棄されたのかも知れませんね」


池のほうからはシズクさんの声が聞こえたので、私はそちらへと向かいながらそう答える。


やはりこれだけ村に近い場所に毒が溜まれば生活はままならないだろう。もしここが畑だったならば作物が全滅してすぐにでも困窮したはずだ。


「魔物もいないみたいですし、浄化を始めましょう」


池のほとりに立つと私はリーチェを呼び出すために花乙女の杖を収納から取り出した。そしてその杖でリーチェを召喚しようとしたその時だった。


「待つでござる!」


シズクさんの鋭い一声で私はリーチェの召喚を取りやめる。


「あそこに、巨大な蛇がいるでござるよ。あの大きさは、恐らく魔物でござる」


シズクさんの指さした先では黒ずんだ池の水が小さく波打っている。よくみると確かに蛇だ。黒ずんだ池の水とほぼ同じ黒い体が静かにこちらへと向かってきている。


「とりあえず、お墓の近くからは離れないと!」


私の言葉にそろりそろりと移動を始める。すると、それに合わせて黒い蛇もこちらに向かって移動をしている。


どうやら完全に私たちは獲物として認識されているらしい。


お墓からそれなりに離れた場所まで移動すると、私たちは蛇の魔物を迎え撃つべく身構える。





水に引き込みたい蛇の魔物と陸で戦いたい私たちの睨み合いが続くが、その均衡を破ったのは蛇の魔物だった。


池の中から広場に上がると一気にこちらを目指して突撃してくる。


「防壁!」


私は防壁を出して突撃を食い止める。蛇の魔物は凄まじい轟音を立てて防壁にぶつかり、止まった。


止まったのだが、ちょっと待って。何あの大きさ? いくらなんでも大きすぎじゃないか?


蛇の頭が正面を向いているのだが、その頭の高さが私の背と変わらないくらいだ。


この頭の高さというのは、頭を持ち上げた時の高さではなくて頭そのものの高さだ。


なんなら胴体の一番太くなっている部分は私の背たけよりも遥かに太い。


全長は何メートルくらいだろうか? ゆうに 20 mはありそうだ。いや、30 m、もしかしたら 40 m くらいあるかもしれない。


「マシロっ!」


ルーちゃんがマシロちゃんを呼び出して風の刃を蛇に飛ばす。


カシン


乾いた音を立てて風の刃が蛇の鱗に弾かれる。


「ええっ! 嘘っ!?」


ルーちゃんが驚きの声を上げる。


「シズクさん、あれを斬れますか?」

「任せるでござる」

「クリス殿、あの蛇の注意を引き付けて欲しいでござる」

「ああ、任せてくれ」


こうなれば二人の連携に頼るしかない。私は危なくなった方を助けるのが仕事だ。


私はルーちゃんを背に庇うと、再び蛇の方に向き直るのだった。

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